第5話 死闘
空を駆け、加速する身体。澄み渡る思考。
宵闇を裂く雷いかずちを掻い潜り、夜空を飛ぶ黄金の竜へと肉薄する。
多大な魔力が身体を巡り、超加速した身体と脳は無駄な思考を排斥していき、ひたすら必要な目の前の情報だけを解析する。
環境変化、魔力の流れ。雷の軌道や竜との間合い。
高速で回る脳が割り出した地点。未だ癒えない右頭部の下、右翼の付け根へと最速で飛び込んだ。
その勢いのまま魔力を込めた手刀を翼の付け根へと向かって切り上げる。
「──遅い」
その巨大に見合わない、加速。翼に蓄積された魔力の放出。その異常な推進力によって俺の手刀は空を切る。
背後に刺す影。風邪を裂く音が迫る。
「それはもう見た」
頭上に落とされる竜爪に右足で回し蹴りを合わせる。鈍い音が響く。
威力はややこちらの方が上。竜の腕がかち上がり、大きく腹部が空く。
身体をさらに捻り、左足を竜の横っ腹に突き刺す。先より、さらに鈍い。骨格ごと軋むような鈍い音が響く。
「ク……!」
想定より強い衝撃だったのか、竜は苦悶の声をあげて後方へと飛んでいく。
しかし追撃は止めない。魔力で作った結界を足場に、俺は加速する。
一瞬で、吹き飛んだ竜へと追いついく。真正面、体勢が崩れた竜の首元へ手刀を落とす。
しかし、翼から逆噴射された魔力がレーザーのように俺を襲う。俺は手刀を止め、迎撃する。
ノーモーションで高連射、高火力。
ひとまず俺は距離を取る。
「調子に乗るなよ、勇者。《幻命・天泣》」
竜の低い声が響く。その瞬間、空気が変わり、轟いていた雷が沈黙する。
そして、雲ひとつない美しい夜空からポツポツ雨粒が落ち始める。
「雨……?」
嫌な予感がした。本能がこれは危険だと叫んでいる。その雨は俺に向かって、俺だけに向かって降り注いでいた。
俺を襲うレーザーを尻目に超加速した脳は雨粒の解析を始める。そして驚くべき情報が思考を一瞬ジャックする。
半身引いた俺を通り越した雨粒の一つが地面へと当たる。
──激震。
雨粒一つに世界が揺れた。地面から火柱が立ち昇る。
その水滴に込められていたのは桁違いな質量と火の性質を持った魔力。
つまりこの超広域に展開された雨粒一つ一つがミサイル以上の火力を持つ。正に地獄の豪雨だ。
「ハッ、マジかよ!!!!」
雨粒の大きさ、凡そ直径2mm。見える限りでその数、百万を軽く超えている。
あまりにも範囲が広すぎる。避け切るのはまず不可能。防御魔法も多重結界もこの数を受ければ数秒も持たない。
相殺するしかない。アレに匹敵する攻撃魔法をもって。
「最高かよッ!!!!!」
思わず歓喜の言葉が溢れた。しかし、それも仕方ないこと。百万を超える雨粒の中、その一粒の雫でさえ、当たれば致命傷になりうる。
こんな贅沢な死線を与えられたことは今まで一度もない。
だから、こちらも全力で気張るしかない。
「さ、正面から叩き潰させてもらおうか」
白銀の魔力が唸り、突風が吹いた。
そして俺の前に出来上がる、巨大な魔法陣。
「撃ち落とせ《
俺の声と共に魔法陣から掃射される魔矢。
ヒューンという風切り音を鳴らしながら軽々と音速を超えた魔矢たちは次々と雨粒を撃ち落としていく。
矢と雨粒が触れ合うたびに烈しい破裂音と爆風が眼前を埋め尽くす。
しかし未だ地獄の雨は止まず、俺を追いかけるように降り注いでる。今はまだ、矢で相殺できてはいるがこのままでは俺が先にガス欠になるのは目に見えている。
竜と俺では魔力総量がまるで違う。だからこそ仕掛けが役に立つ。
「《
《二重魔法陣》俺のオリジナル魔法。機能は単純。ひとつ魔法陣に二つの魔法を込めて、それを自由に切り替えること。
光る鏑矢。それは爆発を飲み込み。二つの魔矢へと形を変えた。
俺の使った魔法陣。
鏑矢は、唯の矢ではない。2つの特性を持つ、かなり特殊な魔矢だ。
一つ目は、魔力の流れを自動で追いかけ、魔力を乱し、魔力障壁さえ簡単に貫く矢。
二つ目は、射抜いた対象の魔力を吸い上げて増殖する矢。
この二つの矢を《
鏑矢は凄まじい速度で百から万となり、そこから更に増え続け、水滴の悉くをあっさり撃ち落として見せた。
「勇者、これほどとは……」
驚くような竜の声。
「こんな水鉄砲じゃ俺を殺せない。堕ちろ」
無意識に獰猛な笑みを浮かべ他、俺は。
竜へと向かって最終的に二百万を超えた鏑矢を一斉掃射した。
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