第10話 結

真央は窓の外を見ていた。

拓海は、ときおりカーブに合わせてブレーキを踏む。

ふたりの間に、必要以上の言葉はない。

ただ、それがとても自然で、やさしかった。


「ありがとう」

「うん」


それだけの会話の中に、あたたかい余白があった。


「まだ在来線のきっぷ買ってないならさ、新幹線の駅までいこうよ」


昨日歩いた帰り道。

アイスを半分こした時間。

自分で靴ひもを結び直したこと。


すべてを経て、真央はもう、自分の足で立てると知っていた。


だからこそ、誰かに頼ることも、自分で選べる。


「ありがとう。最後まで送ってもらっちゃったね」

「……うん。こちらこそ」

「ほんとはさ、こっちの暮らしもちょっといいなって思っちゃった」

「それ、東京の友達には言えないやつでしょ? 」


真央が笑い、拓海も肩をすくめた。


駅に着く頃には、空がほんのり茜色に染まっていた。


「また来ればいいよ。別に、特別な用事なんてなくても」

拓海がそう言って、ドアを開ける。


真央はキャリーケースを引いて、軽く会釈した。


「またね」


ホームに立ち、ふと足元を見る。

靴ひもは、自分で結び直したまま、しっかり結ばれている。


あのとき握ったブランコの鎖の感触が、まだ手の中にうっすら残っている気がした。


風がやさしく吹き抜けて、真央の髪がふわりと揺れる。


明日から、また東京の暮らしが始まる。

忙しい日々が戻ってくる。

それでも、あの夏も、この自分も、まるごと連れていける気がしていた。


ひとりで歩けるようになったのは、

みんなと出会って、支えてもらったから。


だから今、自分の足で前に行く。


新幹線が、静かに動き出す。

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ほどけた靴ひも 千葉朝陽 @a_chiba

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