第9話

3日目の朝。

真央は早起きして、ひとりで散歩に出た。


小さな神社。通っていた小学校。

変わらない場所もあれば、少しずつ変わった風景もある。


それでも、自分がちゃんとこの町で生きてきたことを、身体が思い出していく。


今日は、母と出かける約束をしていた。

モーニングをしてから、地元の店を回る。

喫茶店で食べた昔ながらのナポリタン。ふたり並んで飲んだアイスコーヒーは、少しだけほろ苦かった。


「今日の夜には行っちゃうのよね」


母の問いかけに、真央は笑ってうなずいた。


「うん。明日も朝から仕事だから」


夕方、荷物をまとめ終えて、玄関先で靴ひもを結ぶ。

昨日までと同じスニーカー。

けれど、もう迷いはない。


ふと顔を上げると、遠くからエンジン音が聞こえた。

坂の向こうからやってきた白い軽自動車。

運転席には、拓海がいた。


「ちょっとだけ、寄ってみた」

窓を開けて、照れたように笑う。


真央は驚いたように目を見開いて、そして小さく笑った。


「なんでわかったの? 」

「んー……なんとなく。送るよ」


車の中には、夏の夕方の匂い。

少し湿った空気と、優しい沈黙。


言葉がなくても、すこしだけ心が近づいていた。

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