第3話

そこに立っていたのは、拓海だった。


息を整えながら、汗をぬぐっている。

Tシャツは少しだけ湿っていて、ランニング用の軽いスニーカーが足元に光っていた。

変わらない低い声と、少し焼けた肌。袖をまくった腕は、あの頃よりも少したくましい。

けれど、笑ったときの目のかたちは、十代の記憶そのままだった。


「こっち、帰ってきてたんだ? 」

「うん。さっき着いたとこ。やっと休みがとれたからさ。たまにはね」


言葉の端に、ほんの少しのできた間を隠したくて、ブランコにむかって歩いた。


「久しぶりだね」


ブランコに腰かけて、繋がれた鉄の鎖をぎゅっと握る。


手の中に広がるざらりとした触感が、時間を巻き戻していく。


真央がふと足元を見ると、片方の靴ひもがほどけたままだった。


「待って」


真央が身をかがめるより早く、拓海がしゃがみこんだ。


「……平気だよ、もう自分でできる」

「そりゃそうだよな。悪い」


一度手を止めて笑う。

それでも拓海は、結局ひもをそっと手に取り、結び直してくれた。


その指先のやさしい力加減が、昔とはどこか違う。


日差しが傾いて、ふたりの影が長く伸びる。

空の色が、少しずつ夕方に染まりはじめていた。


「……こっちは、相変わらずだよ。夏は、どんどん暑くなるけど」

「東京は、季節があってないみたい。全部、時間で動いてる感じ」


「じゃあ、たまには思い出して」

「何を? 」

「靴ひもを結んでから歩くこと」


拓海の指が、もう一度、彼女の靴ひもをきゅっと引いた。

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