第5章:魔物の襲撃と皇太子の確信
カイルが農園に居座り始めてから、私の日常は少しだけ騒がしくなった。彼は宣言通り、「カイルという一人の男」として農作業を手伝おうとするのだが、その手つきは相変わらず危なっかしい。鍬の使い方はなっていないし、作物を雑草と間違えて抜きそうになる。私はため息をつきながら、彼に一から農業を教える羽目になった。
「これは苗だ!抜くな!」
「す、すまん……」
「なぜ、あなたがここにいるの……」
そんな私のぼやきを、彼は聞こえないふりをした。フェンリルはカイルが私に近づくたびに唸り声をあげ、二人の間には常に火花が散っているようだった。
しかし、そんな奇妙で平和な日々は、突如として破られた。
原因は、王都で力を増していた魔術師ギルドだった。彼らは「辺境の奇跡の作物」の源泉が、私の持つ神獣の力にあると突き止めた。そして、その力を独占しようと、卑劣な手段に打って出たのだ。
ある夜、月が雲に隠れ、農園が深い闇に包まれた時だった。
けたたましい地響きと共に、森の奥からおびただしい数の魔物が姿を現した。ゴブリンの群れ、巨大な猪の姿をしたオーク、空には翼を持つガーゴイル。その目は赤く爛々と輝き、明らかに何者かに操られていた。
「……来たか」
フェンリルが低い声で呟き、私の前に立ちはだかる。その体は普段よりも大きく見え、神々しい魔力のオーラが立ち上っていた。
「レイナ、小屋の中に!」
カイルが剣を抜き放ち、叫ぶ。彼の剣捌きはさすが皇太子と言うべきもので、流れるようにゴブリンを数体斬り伏せた。
しかし、敵の数が多すぎる。次から次へと魔物が農園になだれ込み、丹精込めて育てた作物を踏み荒らしていく。
「私の……畑が……!」
その光景に、私の心に怒りの炎が灯った。ここは私が生きると決めた場所。誰にも、荒らすことなど許さない。
「フェンリル、行くわよ!」
「応!」
私が叫ぶと、フェンリルは雄叫びを上げた。その声は聖域全体に響き渡り、魔物たちの動きを鈍らせる。私は鍬を固く握りしめた。これはただの農具ではない。この聖域においては、私の意思を伝える杖でもある。
「この土地から、出ていきなさい!」
地面に鍬を突き立てると、私の魔力が大地を伝わり、無数の蔓や木の根が生き物のように伸びて、魔物たちに絡みついていく。
天と地で、壮絶な戦いが始まった。空ではフェンリルがガーゴイルをその爪で引き裂き、地上ではカイルが剣で道を切り拓き、私が聖域の力で魔物の群れを食い止める。
だが、敵の猛攻は止まらない。一体の巨大なオークが、カイルの死角から襲いかかった。
「危ない!」
私が叫んだ時にはもう遅い。そう思った瞬間、カイルは驚くべき反射神経で身を翻し、オークの棍棒を剣で受け止めた。しかし、その衝撃で体勢を崩してしまう。
「カイル!」
私は咄嗟に彼の前に駆け寄り、両手を広げた。――守らなければ。
その時、私の中から温かい光が溢れ出し、目に見えない障壁となってオークの追撃を防いだ。
「なっ……!?」
驚くカイル。私自身も、自分の中にこんな力が眠っていたことに驚いていた。
戦いは夜明け前にようやく終わりを告げた。操られていた魔物たちは、主を失ったかのように森の奥へと退いていき、農園には静寂が戻った。畑は一部が荒らされてしまったが、壊滅的な被害は免れた。
夜が明けた農園で、私たちは息を切らしながら互いの無事を確認した。
カイルは、傷だらけになりながらも、畏敬の念のこもった瞳で私とフェンリルを見ていた。彼は魔物の襲撃を前に、私がただ守られるだけの存在ではないことを、そして私の持つ力が、単なる農業の範疇を遥かに超えていることを、その身をもって知ったのだ。
「レイナ……君のその力は……」
彼は警戒するように呟いた。その力は、使い方を間違えれば、王国にとって計り知れない脅威となる。
しかし、彼の瞳の奥には、警戒だけではない、別の光が宿っていた。
「……いや、違う」
彼は首を振った。
「その力こそが、この王国を……魔物との終わらない争いから救う、鍵になるのかもしれない」
カイルは、私の持つ力の本当の価値に気づき始めていた。そして、それは彼自身が皇太子として成すべきことへの、新たな決意を固めさせるきっかけとなったのだった。
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