製造元

…。眩しい。眩しいな。クソ。


窓からは、少し白く濁った夕日が、舞台のスポットライトのように、世界の脇役である俺を照らしている。


今日も、飯を食べて寝ているだけの生活だった。

少し前まではパソコンもあったが、ネット掲示板の奴らにイライラして、モニターを殴ったら壊してしまった。

だから今は、分解して押入れにしまっている。

ソレを壊したことが親にバレれば、飯を食わせてもらえなくなる。

それだけは "死活問題" だ。


スマートフォンは、連絡を取る相手もいないと思い、購入していない。

そんな判断をしてしまったせいで今では、俺唯一の暇つぶし手段だった、ネットすらも触れる事ができなくなった。

ネット掲示板でボロクソ言ってる間だけは、自分の生を実感していた。そこで賛同や反対をもらうこと。

それが存在証明だったような気がしていた。



…にしても夕日がうざってぇなクソ。めんどくせぇ。


布団からスルリと抜け落ちるように出ると、窓へと向かう。

今日の夕日はまるで母さんの作る半熟卵のようだ。



少しの間ぼーっとしていると、家の前を通る親子の声が聞こえてきた。


「ママー。今日のよるごはん、なあに?」


夕飯の会話をしているようだ。


「今日?今日はねー。そーだなぁ。じゃあ、

 今日はシンジが好きなハンバーグにしよっか。」


「え!ほんと!」


俺も、昔はあんなに無邪気だったんだろうか。

あの頃の純粋な俺も今では、薄暗い部屋で意味もなく過ぎる時間をただただ、布団の中で待つだけの存在。

そんなものに、俺は変わってしまった。


いや、あの頃から何一つとして、変わらなかったからこうなってしまったのか。


母親の料理が好きなのは昔から変わっていない。

ここから見える住宅街の景色も、使っている青い星柄の布団も。人への不信感も。臆病さも。


何も変わっちゃいない。何も変われていない。



人を信用したことがなかった。理由はわからない。

でも、母親は信用できた。

というか、母親以外の人間を信用できなかった。

だから外に出るのも、常に母親が横にいたし、

食事も母親の手料理以外は食べない。


そう。

そうだ。

食へのこだわりは自分でも分かるほどに、強かった。


学校の給食を口にしたことはなかった。

いや、正確には一度あったが、すぐに吐き出してしまい、それ以来は二度と食べていない。


味が良くなかったのか、それもわからない。

でも、母親のもの以外を口が受け入れたことはない。


たまに、母親が死んだ時のことを考える。

俺は、そのまま餓死でもするのか。


人生ってのは、クソほどうまくいかない。

そんな俺を肯定してくれるのは母親だけだ。

母さんがいなくなるなら、俺ももういっそ───。


…、カーテンを閉めるつもりだったがぼーっとしていたら気づけば日は沈みきっていた。


そういえば今日は、母親が夕飯を呼びに来ない。

ふと、床に転がっているデジタル時計を見る。


午後7:24  6月29日(木)


おかしいな。

普段なら七時くらいに夜飯で呼ばれるはずだ。

母親のパートはいつも五時に終わるから、もう家には帰って来ているはずなのに。


何やら、焦げ臭いが鼻を突き刺す。


…、いやまさかな。


自室のドアを開ける。自主的に部屋の外に出るのは、トイレの時以外では、もう十年ぶりかもしれない。


部屋の前には昔ながらの、狭く、少し急な階段がある。いつもなら、飯の時間には母親がこの階段を登り、「コウちゃ〜ん」と二階まで俺を呼びにくる。

そして一階の食卓で食事をとる。


階段の下にも親の姿はない。一階の電気はついている。やはり、帰って来てはいるようだ。


ただ物音がしない。寝ているのだろうか。


ひたっ、ミシッ。ミシッ。

一段ずつ降りてゆく。


一階に到着し廊下を見るが、ここにもいない。

廊下突き当たりの玄関を見るが、母親の靴はある。


…?


キッチンが煙臭い。家全体がすこし、もやがかかっついるようだ。

なんだ。料理が焦げたのか?

母親は料理がとても上手く、料理を焦がすといったことは、滅多にない。

いつもと違う様子に少し緊張感が走った。

恐る恐る、キッチンの引き戸を開ける。



そこに母親の姿は見えなかった。

そもそも部屋自体が、よく見えない…。

換気扇がついていなかったのか、キッチンは煙が充満して周囲がもやもやとし、よく見えない。

肉が焦げた程度でこんなことになるか?なんだこれ。


しかしこのままだと、火事になる。母さんは何をしているんだ?と焦りながらコンロに急いで向かう。

その時、


グニッ


「ぐおっ。」


何か弾力のあるものを踏んだ感覚がし、

バランスを崩したまま俺は、コンロに頭を強打した。

そのまま、俺はふらつきながら床に倒れ込み、その煙臭さと白くなりゆく視界を最後に記憶し、意識を失った。


踏んだものが母親の脚だったと悟ったのは、

俺が病院で意識を取り戻し、

母親の死を聞いた時だった。



母親は急性心筋梗塞だった。


俺も頭部の負傷と一酸化炭素中毒の後遺症の可能性を踏まえ入院となった。


病院食は、喉を通らなかった。それはショックなどではなく、やはり母親のものではないからだ。


病院食はこっそりと袋に詰めるとゴミ箱に捨て、

誤魔化していた。



入院3日目で弟が帰省し、自宅療養ということになった。

家は燃えなかったのか心配だったが、

俺が意識を失った後すぐに、近隣住民が気づいたことで、ボヤ騒ぎ程度で済んだ。


帰宅は弟の車。

車内では一言も喋ることがなかった。

しかし、自宅に着くと弟が初めて口を開く。


「なんでお前だけ生き残ったんだよ。」


俺はその言葉に、何も返せない。

自分でもよくわかっていた。

なぜ、俺が生き残ったのか。あのまま死んでいれば

これからの人生、苦しまずに済んだんじゃないのか。


「お前さ、病院でメシ食ってなかったろ。

 知ってんだよ。退院の時ゴミ箱から大量の生ごみが出てきたから。」


「お前、まだ母さんのメシしか食わねえつもり?」

「死にたいわけ?」


次々と弟から言葉を投げ捨てられる。


「病院に申し訳ないからさ、自宅療養ってことにしと

 いたけど。俺なんもしねえから。」


こうして地獄の生活が始まった。

母親からもしものためと口座は教えられていたのでお金に困ることはなかった。


しかしやはり、肝心な問題は食事だった。

最初の一週間は、自炊のやり方がわからず、

ファミレスでの食事に挑戦。

しかしダメだ。口に入れた途端、とてつもない吐き気に襲われる。何度も何度も口に運ぶがその度に吐き戻す。

ついには店から

『お代は結構ですので、退店していただけますか。』と言われてしまった。

こっちは命をかけているというのに。


十五日目。死にそうだ。

何も食べれていない。自炊にも挑戦した。

ダメだった。

何もやってもダメだった。

パックごはんを購入したがこれもダメ。

米ならば誰でも一緒かと思ったが、どうやら違うようだ。今の所、水しか飲めていない。

どうしたらいいんだ。

お母さん。ごめんなさい。出来の悪い兄だった。

弟は早々に自立し、都心の大学に入学。

あの一流IT企業に就職。来月には挙式をあげる予定らしい。俺にないものが全部ある。

俺と違って最高傑作だよ。

俺は母さんのの寄生虫だったのか。宿主がいないと何もできない。お腹が空いた。

弟は口に入れては吐き戻す俺を見て家を出た。

お母さん。何か食べたいよ。お母さん。おかあさん。



十八日目。

いまは、朝八時だ。

久しぶりに弟が様子を見に来た。

やっぱりいい人だ。できがいい弟を持って嬉しい。

でも、明日には病院へ連れていくって。

そんなのいやだ。あそこはこわい。おかあさんの匂いがしない。

そんなことされるくらいならぼくは、もう、


しんやの一じ。

きょう、ずっと考えてた。

どうやったらあそこにいかずにすむのか。

食べられるものをみつけないと。

とっておきのものをみつけた。

そう、まさに旬だ。

おかあさんがつくったいちばんのごちそう。

こんなにいいもの。

おかあさん。ぼくたちをつくってくれてありがとう。





一週間後、男の自宅からは山岡旬と山岡幸、2人の遺体が発見され、山岡幸の遺体は栄養失調、とされているものの解剖の結果、胃の内容物に山岡旬のDNAを含むものがいくつも発見された。


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