第3話





 花と炎の国、フレイルフラワー。

 その国は人々の活気に満ちた国だった。

 すれ違う人誰もが活気に満ち溢れる力ある国。

 私はその熱気に充てられそうになりながらも、本日宿泊する宿を探して歩いて行く。

 フレイルフラワーでは、街のいたるところに花が植えられている。

 多くの花が燃えるような赤い色をしているのが特徴的だ。

 

 大聖堂から追い出された私は、わずかばかりの荷物と金貨を持って隣国のフレイルフラワーまでやってきた。

 隣国であれば、聖女である私の姿を知る者はいないだろう、と足早に隣国までやってきたのだ。もちろん、祖国では人目をさけ、フードを目深に被ってやり過ごした。

 聖女であった私の姿は祖国では有名だったからだ。

 フレイルフラワーまでくれば、大丈夫だろうとフードを外す。

 プラチナブロンドがふぁさっっと音を立てて人々の視界に映る。

 

「まあ、月の精ね。」


 行きかう人の誰かが私を見てそう言った。

 

「ありがたや。ありがたや。」


 行きかう人の誰かが私を見て手を合わせた。

 

「うわぁ……。」


 行きかう人の誰かが私をみてため息を漏らした。

 

「……思いのほか目立つわね。」


 目立たないようにと目深にかぶっていたフードを取ったら、思いのほか目立ってしまった。

 聖女だということは知らないはずなのに、こんなにも注目されることに驚いてしまう。

 これもひとえに神のご加護のおかげなのだろうか。

 つい、聖女だった頃の癖で目が合う人たちに微笑んでしまうのも少なからず影響しているのかもれない。所謂職業病だ。

 

 祖国は私の加護の影響か、商いが盛んで誰もが裕福な暮らしをしていた。

 このフレイルフラワーでは人々は活気に満ちてはいるが、街の隅を目を凝らしてみれば、数人の孤児と思われる子供がいるのが見て取れる。

 孤児たちは過酷な生活をしているのか、薄汚れており、身体も棒切れのように細い。

 そのような孤児たちがいるのに街の人たちは見て見ぬふりをしているようだ。

 孤児たちにその場限りの恵みを与えても意味がないのを知っているのだろう。

 

「すみません。フレイルフラワーには初めて足を踏み入れたのですが、こちらには孤児院はないのでしょうか。」


 溜まりかねた私は恰幅の良いおばさん……もといお姉さんに声をかける。

 

「あらぁ。ずいぶん綺麗な子ねぇ。残念だけど、ここには孤児たちを保護するだけのお金はないんだよ。活気はあるけどねぇ。誰も彼もが商売下手でね。その日の食事にも困る者も多くいるんだよ。」


「……国は民の暮らしを改善しようとはしていないのですか?」


「……残念ながら、お偉いさんたちは貧しい民のことを見て見ぬふりだ。自分たちは肥え太っているのにねぇ。」


 お姉さんはそう言ってやさぐれたように笑った。

 ……お姉さんも肥えている部類だと思うけど、というのはグッと胸にしまい込む。

 

「……そうですか。しばらくこの国に滞在しようと思うのですが、どこかいい宿を知りませんか?」


「そうさねぇ……。どこも似たり寄ったりだよ。値段もサービスもね。」


 お姉さんに尋ねると、どこの宿も代わり映えはないという回答が返ってきた。

 

「そうですか、ありがとうございます。」


 祖国では一人でも客を多く取るために、と宿同士が競争するように自らの宿の特色を強く出していた。

 珍しいお風呂がある宿や、内装に凝ってまるで王宮にいるような雰囲気の宿や、リラクゼーションに特価した宿など、どの宿にも他の宿にはない魅力的なサービスを歌っていた。

 互いに競争をすることで質の良い宿が出来上がっていったのだ。

 フレイムフラワーでは、どの宿も代わり映えがしないということは、競争心がないのだろう。

 だから、誰も他の宿よりもサービスを良くしよう、他の宿よりも目立とうとは思っていないのだろう。

 それはそれでいいのかもしれないが、私には少し物足りないような気がした。




 私はひとまずフレイルフラワー国にしばらく滞在することにした。

 祖国では見なかった浮浪者のような孤児を見過ごすわけにはいかなかったのだ。

 すべてを救うことなんてできないかもしれないが、見て見ぬふりはできなかった。

 少しでも何かをしてあげたかったのだ。

 ただ、何をするにもお金は必要だ。

 お金を稼がなければ、孤児たちを救うことすらできない。

 私は一番近くにあった宿に部屋を取ると、部屋の中で金貨を数え始めた。

 

「いちまぁ~い。」


「にまぁ~い。」


「さんまぁ~い。」


「よんまぁ~い……って、何枚あったら、孤児たちを救えるのかしら。」


 金貨の枚数を数え、考える。

 いったいいくらあれば孤児たちを救えるのか。

 一時的に救うのではなく継続して援助していかなければならない。

 そのためにはどれほどの金貨が必要になるのだろうか。

 まずは、この国の物価を調べる必要がありそうだ。

 

 




☆☆☆☆☆






「うまくサラス・ヴァーディを追い出せたわね。」


 ライラ・ハーンは自室でにやりと口角を僅かに上げた。

 黙っていれば太陽に愛された女神のようないで立ちをしているが、今のその姿は悪魔に魅入られた聖女のような姿をしている。

 ライラ・ハーンは神と取引をしたのだ。

 神と取引をおこない神の加護を得たのがライラ・ハーンだ。

 取引を受け入れた神が良い神のはずがない。

 神が勝手に加護を与えるいとし子と違って、取引をして神の加護を得るのは、神にとってなんからのメリットが必要不可欠だ。加護が欲しいからとホイホイと人間に与えるほど神はお人よしではない。


『ライラ・ハーン。約束はしかと守れ。』


 ライラ・ハーンの横には黒いモヤが広がっていた。どこまでも暗い深淵のようなモヤの中から、くぐもった声が聞こえてくる。


「ええ。わかっておりますわ。毎月金銀財宝をちゃんとにお渡しいたしますわ。」


 ライラ・ハーンは気に留めた様子もなく黒いモヤに向かって答える。その顔には絶対的な自信に溢れた笑みが広がっていた。


『……そうか。』


 ライラ・ハーンは神と約束……もとい契約をした。

 毎月、神に金銀財宝を捧げる、と。

 聖女になれば好きなだけ金銀財宝を手に入れられるとライラ・ハーンは思っているのだ。

 聖女として民たちから崇められればいくらでもお布施という名目で民たちからお金を得ることができる。

 ライラ・ハーンは神とした約束は必ず守れると判断をして、神と少々強引な方法で約束を交わしたのだ。


『……我がほんとうに欲しいのは金銀財宝などではないがな。』


 黒いモヤがライラ・ハーンをあざ笑うかのように揺れた。


 ライラ・ハーンは気が付かない。

 神が本当に欲している物を。

 神がどのような加護をライラ・ハーンに授けたのかを。



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