第2話






「聖女、サラス・ヴァーティよ。そなたは、聖女に相応しくないという上奏がいくつも上がってきておる。よって、本日をもってサラス・ヴァーティの聖女の任を解く。」


 早朝、大聖堂の最高責任者である教皇様が皆を呼び集めた。

 朝の仕事の時間よりも15分ほど早い時間。

 やっと鳥さんたちが起きだしたような早朝だ。

 そんな早い時間に皆を集めるだなんて、あまり良くない呼び出しのような気がしていた。

 教皇様が皆を呼び集めることなど一年に一度あるかないかだ。

 よほど重要なことを告げるのだろうと、集まってみれば開口一番に私の聖女の任を解くと仰せになった。

 

「教皇様。私のなにがいけなかったのでしょうか。」


 教皇様に逆らずべからず。

 それは、この大聖堂の掟である。

 しかし、いきなり解雇されて「はい、承知しました。」と黙っていられるわけもない。

 

「そなたは、聖女に相応しくないと判断した。そのような上奏が私の元に複数の者たちから寄せられたゆえ。これからは聖女見習いとして務めるか、大聖堂から出ていくかを選びなさい。」


 教皇様はそう言った。

 私が聖女に相応しくないという上奏をそのまま鵜呑みにしたようである。

 せめて、私に確認してくれれば良いものを……と、思うが、大聖堂のすべての権限を教皇様が握っている。人事だって教皇様の独断だ。

 私が何を言ったところで聖女の任を解かれることは回避できないだろう。

 

「……代わりの聖女はおられるのですか?」


 聖女になれるのは一人のみ。

 それも神の加護を受けた人物に限られる。

 私の他に神の加護を持つ人物が見つかったというのだろうか。

 

「皆に新たなる聖女を紹介しよう。ライラ・ハーン。こちらに。」


 教皇様はそう言ってライラの名前を呼んだ。

 ライラ・ハーンは神の加護を持っていなかったはずだ。

 神の加護を持っていないのに、神の加護を持っていると謀れば神から罰を受ける。

 それでも、ライラ・ハーンを聖女にすると言うのだろうか。

 

「はい。」


 ライラ・ハーンは静かに前に出ると、教皇様の隣に立った。

 

「教皇様からご紹介のありました、ライラ・ハーンと申します。聖女として誠心誠意国に仕えることを今ここで皆様に誓いますわ。」


 ライラ・ハーンは優雅に微笑みながらそう宣言した。

 さらに教皇様が続けられる。

 

「うむ。ライラ・ハーンは先日、神のご加護を得た。これも、ライラ・ハーンの日頃の行いが良いからだろう。また、日頃の行いが悪いサラス・ヴァーティに呆れた神がライラ・ハーンこそ聖女に相応しいと神のご加護を与えられたのだと思う。どうか、今後はライラ・ハーンを聖女として皆でこの国を支えていこうではないか。」


「「「「「はい。」」」」」


 教皇様の力強いお言葉に、皆が意を唱えることなく頷く。

 教皇様に立てつけば、この大聖堂を追い出されることは目に見えてわかっているから誰も反論することはできないのだ。

 また、反論できたとしても、神の加護を得たライラ・ハーンを差し置いて私を聖女にと押す者はほとんどいないだろう。

 なぜならば、ライラ・ハーンは伯爵令嬢であり、私は平民の出だ。しかも、出自不明の孤児である。

 神の加護を持っている私とライラ・ハーンのどちらを聖女にするかと問われれば、誰もが後ろ盾のあるライラ・ハーンの方を選ぶことだろう。

 

 聖女として務めた2年はあっという間だった。

 悪いこともあったけれど良いことも沢山あった。

 しかし、聖女から降格されたとなれば、私はこの国にはいられないだろう。

 聖女としての私の顔も名もこの国では知れ渡っている。

 そんな私が聖女から降格になり、街に紛れたとして誰も彼もが私という女の扱いに困るだろう。

 元聖女と一緒に暮らせない、働けない。そう思う者が大半だろう。

 それも、聖女という使命を全うしてから街に紛れれば、歓迎されるかもしれないが、聖女を降格された身だ。誰もが腫れ物に触るように私のことを見るに違いないのだ。

 大聖堂に残ったとしても皆が私のことを腫れ物に触れるように扱うか、もしくはライラ・ハーンを立てるために私に嫌がらせをするかの二択だろう。

 

「して、サラス・ヴァーティよ。そなたはここに聖女見習いとして残るのと、ここを出ていくのとどちらを選ぶ。後者を選べば情けとして多少の俸禄を授けよう。」


 ライラ・ハーンの紹介が済むと皆がまだいる中で教皇様は私に選択を迫った。

 今、ここで選べと言う。

 考える時間も与えてくれないようだ。

 

 けれど、私には考える時間など不要だ。

 多少であろうとも俸禄をいただけるのならば、大聖堂を出ていくことにしよう。」

 

「俸禄はいかほどですか?」


「そなたは聖女らしからぬおこないをしたが、不正を働いたわけではない。この2年間真面目に聖女を勤め上げ、民たちからの反発もなく平穏な暮らしを国に与えた。その功績は私も認めている。ゆえに、1年間はゆうに暮らせるだけの俸禄を与えようではないか。」


「ありがとうございます。聖女から降格させられた私がここにいても皆が困惑することでしょう。聖女となられたライラ・ハーン様も私がいない方が安心して職務に就くことができると考えます。ゆえに私はここから出ることを選択いたします。」


「わかった。俸禄はすでに用意してある。荷物をまとめたら俸禄を受け取りここを出ていくがよい。」


 教皇様はそう言うとすぐに去っていった。

 用意が良いことで。

 教皇様の中で私がここから出ていくことは決定事項だったのだろう。

 きっと私がここに残る選択肢を選んだとしても近いうちに出ていくことを選ばせたことだろう。

 教皇様が去って行くと、集まった皆も散り散りに部屋を出ていく。

 時折、可哀そうな子を見る目で私のことをチラリと振り返っていく者もあったが、ほとんどの人は私を見ずに去って行った。

 私は、こうして2年勤め上げた聖女を辞め、大聖堂を出ていく……もとい追い出されたのだった。

 

「……これで、自由にお金を稼げるわ。」


 私の心の中には絶望など一欠けらもなく、希望だけが湧いてきた。

 だって、私が神様から得た加護は【商売繁盛】なのだから。




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