本編
第1話
「すべては神のお導きによるものです。」
王都の大聖堂でありがたき神の教えを信者の皆様に伝えているのは、私、サラス・ヴァティー。
聖女という非常に誉な称号を与えられて2年目になる。
陶器のように白く滑らかな肌と、プラチナブロンドを人々は神聖視し、あれよあれよと私はいつの間にか聖女になっていた。
まあ、一番の理由は私には他の人にはない神様の加護を持っているので聖女として相応しかったからというのもある。
神様からのありがた~いお言葉を告げ、私は信者のみなさまからわずかばかりのお布施を受け取った。
「神のご加護がありますように……。」
☆☆☆☆☆
「今日も一日お疲れ様ぁーーーっ。」
私は聖女用にと誂えられた仕事着を脱ぎ捨てベッドにダイブした。
世のため人のために活動することは嫌ではないが、時折気に食わない人もいるのも事実だ。
そんな人にも笑顔を絶やさずに向けなければならないのはかなりの苦行である。
それでも聖女という仕事は辞めることはできない。
なぜならば、私には神の加護があるから。
神の加護を持つものは聖女として大聖堂で祈りを捧げることは、古くからの慣例になっている。
神の加護を持つものは多くなく、同時に2人以上存在するのはとても珍しい珍事だ。
そのため、今現在神の加護を持っているのは私だけなのである。
「ふっふっふっ。それでは、恒例の……。」
疲れた時には疲れを吹っ飛ばす必要がある。
私はベッドの下に隠してある古びた木箱を取り出してパカッと蓋を開ける。
中からは黄金の光があふれ出す。
私は無造作に木箱の中を床にぶちまける。
そして、床に山積みになった金貨を一枚ずつ手に取る。
「いちまぁ~い。」
一枚金貨を拾うと木箱に入れる。
「にまぁ~い。」
もう一枚金貨を拾って木箱に入れる。
「さんまぁ~い。」
さらに一枚金貨を拾って木箱に入れる。
「よんまぁ~い。」
さらに一枚金貨を拾って木箱に入れる。
「ごまぁ~い。」
さらに一枚金貨を拾って木箱に入れる。
こんな調子で一枚一枚金貨を拾ってはその輝きを確かめながら大切に木箱に入れていく。
毎日の日課だ。
「一枚たりなぁ~い……。なんつって。」
金貨を数えているときは至福の時だ。
日頃の疲れや嫌なことなどあっという間に吹き飛んでしまう。
そして、毎日少しずつ増えていく金貨を眺めることが私の唯一の癒しの時間だった。
「……あなた、なにをしているの?」
そんな私の至福の時間に水を差すものが現れた。
「あ、あら。ライラ・ハーン。ノックもなしに部屋に入ってこないでくださるかしら?」
入ってきたのは、輝くような金髪のライラ・ハーンだった。
ライラ・ハーンはこの大聖堂に努めている聖女見習いだ。
見習いというのは神の加護を持っていないから見習いで、日々神の加護を得られるように祈っているらしい。まあ、祈ったところで神の加護などそうやすやすと与えられるようなことはないのだけれども。
これも古くからの慣習だ。
「ノックしたけれど、返事がないから入らせてもらったわ。」
「そ、そう。えっと、一応、私、聖女なのだけど……?」
ライラ・ハーンに一応私の方が位が上だから気を付けてねぇーと伝えるけれど、ライラ・ハーンは気にした様子もなく私の部屋に視線を巡らせる。
「私、あなたが聖女だって認めていないもの。」
「あ、そう……。」
ライラ・ハーンは私に挑戦的な視線を向ける。
ライラ・ハーンは時々……いや、ほぼ毎日のように私の言動を見張っているようなきらいがある。なので、私はちょっと彼女には苦手意識を持っている。
返事もしていないのに部屋に入ってきたのは初めてだけど。
「私はあなたのこと認めないから。絶対に。」
聖女になってから2年間ほぼ毎日ライラ・ハーンに言われているセリフだ。
私が聖女として大聖堂に来るまでは、ライラ・ハーンが聖女候補として有力だったらしい。そんな彼女が聖女として神の加護を得る前に私が大聖堂にやってきたものだから、ライラ・ハーンは面白くないのだろう。
といっても、神の加護を得られるのは偶然みたいなもので、宝くじに当たるようなものだ。いや、宝くじよりも確率は低いかもしれない。
努力すれば必ず神の加護を得られるようなものでもない。
日々悪事を働かず真っ当に生きている人の中から神様が無造作に選び出して加護を与えるのだ。
「はいはい。わかったわ。」
私はライラ・ハーンの言葉を軽く流す。
正面から真面目に付き合っていたら疲れてしまうのはこちらだ。
「……神父様に言いつけてやるわ。あなたが聖女らしからぬ言動をしていた、と!」
「私がいつ、聖女らしからぬ言動をしたと?」
人前では常に意識をしている。聖女らしく笑顔で、誰にでも平等に接するように、と。
悪事だって働いていないし、今手元にある金貨だって、毎日の奉仕の対価であり不当に得たものではない。本来月払いのお給金を私の我が儘で日払いにしてもらっているだけだ。
聖女だって仕事なのだ。
お給金を得てなんぼのもんである。
「お金を数えていたじゃない。しかも、にやにやした笑みまで浮かべて!それは聖女らしからぬ言動だわっ!!」
「うっ……。」
確かに聖女がにやにやした笑みを浮かべて金貨を数えていたら、誰もが皆目を疑うことだろう。
聖女のイメージを壊してしまうかもしれない。
でも、それは自室の中だけだし。誰に迷惑をかけているわけでもない。
「え、えっと……ライラ・ハーン、あなた随分前から私の部屋に入っておりましたの?」
「そうよ!あなたに声をかけたけれど、あなたはお金を数えるのに一生懸命で私に気が付かなかったみたいね。」
「そ、そう……。でも、私は悪いことをしているわけでは……。」
私は引きつりそうな笑みを浮かべながらライラ・ハーンにそう返す。
金貨を数えることが悪事になるはずは、ない。
金貨を数えただけで悪事になるというのなら、商売人は皆悪事を働いていることになる。
「必ずあなたをこの大聖堂から追い出して見せるわっ!!」
ライラ・ハーンは、高らかにそう宣言した。
そうして、ライラ・ハーンの宣言は一週間後に現実となるのだった。
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