第2話 泥棒妖術師の失恋


唯一、幼馴染の花蓮だけが、大喜びして祝いに来てくれた。

その時は、おんぼろアパートの一室が、輝いて見えたものだ。

しみったれた卓袱台と色褪せた畳が、銀色のテーブルと黄金の床に変わったように思えた。


「良かったね~合格出来て!就職おめでとーう!小羽って凄いよね。本当に夢を叶えちゃうなんて!」


 花蓮は、あの頃よりぐっと大人びた微笑を浮かべて、小羽を見つめた。

 夏の向日葵のように明るい笑顔を見て、これで良かったのだと、これが正解だったのだと、小羽は心から安堵した。

 花蓮が買って来てくれたチョコレートケーキは、絶品だった。

 ぱくつきながら、あれやこれや話を続けていると、ふと花蓮が手を止めた。


「ねえ、泥棒妖術師って何を盗むの?」


「ああ、個々で妖術は違うんだ。俺の場合は、天気を盗むのが、主な仕事だよ」


 小羽が答えると、花蓮は目を丸くして立ち上がった。


「ええっー!お天気って盗めるの??」


「まあ、妖術試験も合格したし。花蓮、忘れてるかもしれないけど、俺、妖魔だからね」


 苦笑すると、花蓮は、すとんと座って呟いた。


「そうだった。妖術学校は、もともと妖魔が通う学校よね。私みたいに、妖術に興味がある人間や、混血妖魔は少なかったよね」


 その呟きを拾って、小羽が続けた。


「妖魔より優秀な生徒も多かったよな。花蓮も、妖術の扱いはけてた。今も使えるのか?」


「うーん、もう何年も使っていないから。多分、無理かな。私は、普通のOLだもん」


 花蓮は、首を振って苦笑した。


「でも、小羽はホント凄いよ。お天気泥棒って、面白いね。でも、盗んで、どうするの?」


 不思議そうに尋ねた幼馴染に、小羽は、穏やかに微笑んで答えた。


「たとえば、台風の影響で土砂災害が相次ぐ場所がある。その一方で、日照りが続く場所がある。そこへ大雨を持って行く、要は天気を移動させるんだ」


「わあっ、凄い!雨を盗むって事?それって、善行だよね。困ってる人たちを救うわけでしょ?優しい泥棒だわ」


 美しく微笑む花蓮を一瞥して、小羽は、肩を窄めた。


「泥棒に優しいなんて無い。泥棒は、泥棒だよ。盗みは、盗みさ。犯罪だよ」


 その答えに納得できなかったのか、花蓮が唇を尖らせた。


「お天気って、もともと自然の賜物なんだから、野花や野草と同じじゃない?子供が、たんぽぽを摘んだって、誰も咎めないでしょ?それに、大人だって、山菜を摘んで食べても、罪にはならないと思うけどな~。やっぱり、良い泥棒だと思う。小羽は、ちゃんと人の役に立ってる!えらいよ!」


「う、うん、ありがとう」


 小羽は、思わず赤面して、両手で顔を隠した。褒められた事が嬉しかったのだ。


「でも、そんな大層なものじゃないよ。それに、お粗末な依頼も多いんだ。遠足を中止にして欲しいから、雨を降らせてくれだとか、運動会を雨天順延にして欲しいとか。学校の先生たちは、妖魔使ようまづかいが荒いんだ」


 小羽が愚痴を零すと、花蓮が笑った。


「あははっ!何それ、最高!可愛い依頼だね~。じゃあ、また今度、面白い依頼があったら教えて~。これからも応援してるねっ!」


 暖かな優しい眼差しを向けられて、小羽は、胸がキュンとなった。

 より一層気合いが入って、次は結婚資金を貯めるべく頑張ろう、と思った。

 それなのに、三年前の春、おんぼろアパートのびれた郵便ポストに、真っ白な招待状が届いたのだ。


『小羽、久しぶり。元気にしてる?私、四月に結婚します。式の日取りは、また連絡するね。大事な自慢の幼馴染だって、彼に紹介したいから、絶対に来てね。あ、彼ね、魚屋さんの跡取りなの。結婚式では、鮪の解体ショーをしてくれるって!小羽は、昔から、お刺身が大好物でしょ。楽しみにしててね』


 月明かりが差し込む暗がりの部屋で、読み終えた小羽は、呆然と立ち竦んだ。

 現実は残酷だった。


「魚屋の跡取り??どう考えたって、泥棒妖術師と掛け離れ過ぎだろ??俺の努力はなんだったんだ!!」


 同封された写真が一枚、薄汚れて色褪せた畳の上に、ひらりと舞い落ちた。

 屈んで拾うと、美女と野獣、いや、美女と、ゴリラのように大柄な男が、肩を寄せ合って微笑んでいた。

 どちらが告白したかは分からない。けれど、二人とも幸せそうだった。


「ああ、そうか……」


 大きく溜息をついて、苦笑いを浮かべた。


「大事なのは、夢でも生き方でもない。花蓮を振り向かせる努力だった。傍にいて、彼氏になればよかったのか……」


 窓を開けて月を眺めると、頬に涙が伝った。

 初恋が終わったその晩の満月は、スーパームーンだった。


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