第3話 胸キュン強奪の下命


月が満ちた晩春の深夜、国王ポロンは、窓の外を見遣って、大きく溜息を吐いた。

傍に控えるストーク大臣でさえ、青い寝間着に藍色のガウンを羽織っていた。

王は、金色のガウンを羽織って、しっかり紐をくくっていた。


「三人の王子を、ここへ呼びなさい」


 言い付けられて、白髪の大臣は、すぐにピンときた。


(王は、遂に決意を固められたのだ)


 「では、着替えを」


 この格好で部屋から出るのは、流石に躊躇われた。

 しかし、王は、厳しい口調で、言い掛けた言葉を遮ったのだ。

 そして、鋭い目つきで命じた。


「私の決意が揺らがぬうちに、呼び寄せてくれ。王子たちにも、一刻も早く来るよう命じよ。ガウン姿で十分じゃ」


 果たして、三人の王子はやって来たが、三人とも熟睡していたのを叩き起こされたので、明らかに機嫌が悪かった。

 第一王子のミロンは、赤いガウンを羽織っていたが、第二王子のロトンと末の王子のショーンは、お揃いで、ピンク色だった。

 王は、青い三人掛けソファに腰掛けるよう命じると、自身は立ったまま話し始めた。


「そなたら三人で力を合わせ、若い娘たちを『胸キュン』させるのじゃ」


 前置きも無く本題に入ったので、大臣は些か驚いた。

 大臣の老眼には、思ったよりも王に余裕がなく、想像以上に急いているように映った。

 王子たちも、同じことを思った。

 ミロンは、目を見開いて険しい声で切り出した。


「父上、私たちには、各々婚約者がいます。他の娘を口説くなど不義理な真似は、致し兼ねます。第一、私の年齢は二十五です。若い娘を口説く歳ではありません。その下命は承諾できません」


 生真面目な王子は、すぐさま抗議した。ミロンの青い瞳は国王譲り、銀の短髪は亡き王妃と同じ色だ。

 背丈は185cmと国の標準より、やや低めだが、その佇まいの美しいこと!城内を歩けば、侍女が全員気絶する。


「それは、わしとて悩んだ。しかし、そなたらも知っての通り、我が国は『胸キュン』製造の危機に直面しておる。要は『胸キュン』不足なんじゃ。国では、未婚の男女が増え続ける一方。離婚率も年々高くなっておる。これでは子が生まれぬ。国を維持できなくなる。何より、売り上げの減少を知ったシルス様は、大変お怒りじゃ。おそらく王家を潰すおつもりじゃろう。姫たちの事は案ずるな。先に了承を得ておる。そなたらの健闘を祈るとの事じゃ。まこと未来の王妃に相応しい心構え!せめてもの詫びとして、国の娘を選ばずともよい。下界に降りるのじゃ。下界に潜む妖術師たちが、『胸キュン』を盗む手助けをしてくれる」


 ロトンは、ベルベットソファの真ん中で踏ん反り返って聞いていたが、ぱっと立ち上がって眉を吊り上げると、非難を浴びせた。


「俺だって、もう二十三だ。人間の小娘で遊ぶ歳じゃない。時間の無駄だ。父上の頭は、どうかなったんだ!おい、ストーク。そんな壁際で黙ってないで、すぐに侍医を連れて来い」


 ロトンの瞳は、亡き王妃と同じ燃えるような赤色で、肩まで伸ばした髪は国王譲りの金色だ。

 背丈は195cmと平均だが、筋肉質で逞しく妖魔の剣を振えば大空が裂ける。

 妖魔兵ようまへいたちの憧れの的である。

 ロトンも、声を張り上げてきっぱりと断ったが、ストーク大臣は苦い顔をして肩を竦めるだけで動こうとしない。国王も渋面で続けた。


「まあ、一先ず座りなさい。そなたの言い分も分かる。しかし、緊急の事態じゃ。最早わしらは、人間たちの『胸キュン』を奪い、製造の糧とせねば、国家が揺らぐ。人間界でも、昨今は晩婚化が深刻化しておるそうじゃ。どうも、現実の男は頼りない……【乙女ゲーム】というゲーム内の男に『胸キュン』する女性が増えとるらしい。非常に嘆かわしいが、そなたらも、その【乙女ゲーム】とやらを大いに真似るがよい。女子高という、うら若い娘たちが通う場に、一人の泥棒妖術師を潜入させておる。さあ、ゆけ!乙女らを『胸キュン』させ、フレッシュな『胸キュン』を集めて来るのじゃ。これは、国王の命じゃ!」


「ふ~ん……小娘の胸キュンか……面白そうだね」


 ショーンが、ぽつりと呟いた。

 愛くるしい童顔が歪んで、濃い紫色の瞳が怪しく光った。

 王家では珍しいパールアイと、黒く青みのある艶やかな髪は、国で怖れられている。しかし、美声の持主で、背は2mを超える。

 そして、自他共に許す毒舌の腹黒だが、一見は無害な美少年である。

 その点が、若い娘たちにはギャップモテしているらしい。


「いいですよ。嫌ってほど奪って来ます」


 部屋に入ってからずっと、ロトンの右隣で、つまらなそうに烏羽色からすばいろの毛先を弄っていたが、急にやる気を見せた。


「僕は、まだ二十一ですから。兄上たちのように、そこまで拒否はしませんよ。でも、後で文句は言わないで下さいね。国王様に命令されて大人しく従った、唯それだけですから。責任は持ちませんよ」


 ショーンは白い歯を見せて、にんまり笑った。

 見る者をぞっとさせる微笑を浮かべた弟の意図を見抜いて、二人の兄は溜息を吐いた。そして顔を見合せると、諦めた風に肩を落とした。


「……問題を起こす気だろ」


「止めても行くのでしょう?横暴な振る舞いは、看過できません」


「とんだ子守りだ」


「全くです」


 こうして、王子たちの半ば投げ遣りな『胸キュン』強奪計画は始まった。

 この時の三人は知らなかった、『ミイラ取りがミイラになる』という下界の諺を。

 彼らは、完全に甘くみていたのだ、純情女子の乙女心を。


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