第6話 及川氏

「……マイクロチップを埋め込む許可なんて、した覚えはない。でも……」


言いかけて、僕は思い出した。

契約書。あの長ったらしい書類。面倒になって、途中から流し読みしてサインした。

慌てて見返してみると、注意事項の真ん中あたりに、こう記されていた。


——『レンタル後、何があっても自己責任でお願いします。』


たったそれだけの一文。

これだけで、彼らは全ての責任から逃れようとしているのか。

いや、それ以前に——勝手に脳にマイクロチップを埋め込むなんて、どう考えても犯罪じゃないか。


混乱した頭の中で、疑念と怒りが渦巻いていると、目の前の黒岩医師が口を開いた。


「……このチップ。微弱な電流は流しているが、妙な“電波信号”も確認できる。」


「電波……信号?」


黒岩は頷いた。


「何の目的かはまだ分からない。ただ、俺には旧友がいる。科学者だ。電波系統の専門家だよ。……そいつに解析を頼もうと思っている。」


そう言って、彼は名前を口にした。


「及川徹。知っているか?」


一瞬、耳を疑った。及川徹——あの及川徹?

テレビやネットで名前を何度も目にした有名な科学者。まさか黒岩医師と旧友だったとは。


驚く僕に、黒岩はわずかに笑みを見せた。


「驚いたか。……人脈だけは、多少な。」


冗談めかして言いながらも、その声はどこか硬かった。

黒岩重蔵もまた、この事態を本気で危険視している——それが伝わってきた。


「及川に繋いでみよう。もう一日だけ、待てるか?」


僕は小さく頷くことしかできなかった。

チップの謎と、送り続けられる“電波”。

いったい僕の脳は、今も何に繋がれているというのか——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る