第5話 あなたは――が救う

「後ろのガキ……どこかで見覚えがあるんだがなぁ……まあいっか。でふひふひ!!」


イルカはあまりのショックにか、気を失ってしまい固まっていた。


ニャルカが大男に叫ぶ。


「どこ見てんのよ!!!」


ニャルカは、赤黒い猛々しいオーラを爆発させ、まるで獲物をねらう獣のように、体勢を低くし、いつでも飛びかかれるようにしていた。


「むっふ?もしかして自分から来てくれるのかなぁ?」


大男は頬を赤らめ手を広げ、まるで抱き締めると言わんばかりな仕草をとる。


「お前みたいなキモい奴、触れるのすらごめんだわ!!!」


ニャルカの吐いた言葉の直後、大男は何かに吹き飛ばされる。


ズシャァァ!!!


吹き飛んだ大男は頭から地面に突っ込む。


ニャルカはその隙にイルカを、建物の瓦礫の陰に隠す。


「ごめんね……すぐ終わらせて戻るから、ここで待ってて……」


聞こえていないことを承知で、ニャルカはイルカにそう言い残し、すぐに今度は吹き飛ばした男の方にジャンプする。


ズボッ!!


「ういぃぃ……ひどいことするなぁ……」


頭を引き抜いた大男はそう声を漏らす。


「お前だけには言われたくない」


一定の間合いをとって、ニャルカが言う。


「お前に次は無い。最後にもう一度聞く。お前が最後に買った女性は、今どこにいる?」


今度は静かに聞いた。


「……ああぁ~思い出したぁ。あのガキ、あれの子供かぁ……牢で一緒だったなぁ……」


大男が何かを思い出しながら、ついには不適に笑いだした。


「ぶひっひっひ!!ひひひひ……!!

もう少し……早ければなぁ……!!」


ニャルカの全身の毛が逆立ち、同時にオーラの出が最高潮に達する。


「……死ね……」


大男の首より上が爆散する。大男の身体が、地上に上がった魚のようにビクビク動き、ほどなくして一切の動きが止まる。


「最後まで汚い……あんたの血は、舐めてもゲロより不味いんでしょうね……」


最後に心からの蔑称を吐き捨て、ニャルカは急いでイルカのところへ走って戻ろうとした。



「あらゆる念が混濁し渦を巻いている……。

流石に今の君の心は、こんな状態では読めそうにないね。まるで幾人の心を同時に視ているようだ」


レイブンは死念獣に触れながら呟いた。


「君のことは大方分かった。

でも、ひとつ気がかりだね……。あの男は死念獣を使役していたのか?そんなことが出来るのか……?」


死念獣から手を離す。


「遅くなったね。では浄化を始めよう」


そう言うとレイブンは、死念獣へ向けて片手を伸ばして目を閉じ、念じた。


『彼女を、人に戻せ……。

本当の意味で生きていた頃の、真の姿へ戻せ。

彼女の願いを、自らの力で叶えられる、彼女のその姿へ……戻せ!!!』


死念獣の回りを白いオーラが包み、一部はその身体の中に入り込み始める。

それが痛いのか、苦しいのか、死念獣は地を揺らすほど叫んだ。



ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!



みるみる死念獣の姿が人の形へ変わっていく。

尻尾は生え際まで縮んで消え、角は崩れていき、牙は抜け落ち人らしい歯に生え変わる。

目は完全な黒から、これまた人らしい白い部分が戻り、涙を流しながら瞳を閉じる。


「綺麗な人じゃないか……さぞいろんな人の目を奪っていたんだろうね」


人となった姿を見て、レイブンはその女性の美しさを称えた。


 白いオーラが全て彼女に吸い込まれ消えると、まるで操り糸が切れたように、ぐらりと倒れこみ、レイブンはそれを優しく受けとめた。


自分の着ていたローブで女性の身体を隠し、改めて一息ついた。


「ふぅ……浄化はやっぱり疲れるね。本来怠惰な僕には、一日にひとり戻すのがやっとだよ……。もうちょっと鍛えないとかなぁ」


独り言をぼやきながら、吹き飛ばされる前にいた場所を遠目に眺めると、ちょうどそこから赤黒く激しいオーラが見えた。


「ニャルカが怒ってる……。さっき一瞬見えてたけど、あの大男と戦っているのかな?」


眺めていると、レイブンはあることに気付き、少々驚く。


「ん!?死念獣のオーラが生まれた!?

奴が成ったのか!?」


女性を抱えて立ち上がり、念に集中する。


「いや……!?もう1体いる!!?

やれやれ……今日は忙しいな!」


レイブンはフワッと宙に浮かぶ。


「急いで戻ってあげた方が良さそうだな。

ニャルカ、イルカ、今行くよ!!」



「ガ……!ヵ……! な……んで……!!?」


ニャルカは四肢と首を、毒々しい触手のようなヌメヌメとした何かに掴まれ地から離れ、完全に動きを大の字に封じられていた。


そしてそれはなんと、大男の吹き飛んだ首から伸びていた。


「ぐっ!!!うううぅ!!!」


苦しみながらも、ニャルカは再びオーラを放ち、力一杯触手を振りほどこうと試みる。


『だめだ……!!力じゃびくともしない!!

念も通用しないうえに、吸収されてる!!!?

何なのこいつ!!!?』


ニャルカは焦る。

何故か再び突然動き始めた得体の知れない大男の身体、その首から伸びる触手は、彼女の念を吸い込んでいるのだ。


「こっ…!!この…ままじゃ……!!!」


このままでは、じきに念の力を完全に奪われ、人並みの身体に戻ってしまう。

そうなると、今首に巻いている触手が、彼女の首を簡単にへし折り、ちぎってしまうだろう。


思考力が低下し始めているニャルカには、念で相手を操作するほどの余裕が失くなっている。

一方で触手の締め付けは、ニャルカの念が弱るのに合わせて、どんどん強くなっていく。


「があっ!!!?くそがああああ!!!!」


声に反応したのか、続けて触手の根本、大男の首から、新たな触手が数本生えてくる。


『だめ……これ以上は……』


焦らすようにゆっくりと、新しく生えた触手がニャルカへ伸びてくる。


彼女は心で嘆く。


『ウチが言ったんじゃない!!!

イルカを守るって!!!

こんなところで……こんな風になんて……

だめに決まってるでしょ!!!!』


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


声と表現するには難しい、今出せる渾身の怒りと悔しさが滲む叫び声をあげたニャルカ。



「――油断しすぎだ、ニャルカ……」


突然、全ての触手の根本が荒々しく吹き飛ぶ。


掴む力を失った触手はニャルカを離し、どちらも地面にドサッと落ちる。


ニャルカは痛む首を押さえながら咳き込み、呼吸を整え、大男の身体の方を見た。


その後ろには、クマドリが立っていた。


「ケホッ!!ゲホッ!! ハァハァ…

あんた…遅いのよ……もっと早く来て……」


クマドリが大男の身体を蹴り飛ばして遠ざけ、ニャルカに返事を返す。


「買うことができた家屋がこの教会だけだったから、下見をするつもりで来てみたら、お前のオーラが見えた。まさか死念獣と出くわしていたとは、それもまたこんな異形な…」


ニャルカが急ぐようにクマドリに事の概要を伝える。


「あの身体はさっきまで普通の人間だった。

今さっき異形になったの。死念獣かも怪しい。

ここにはイルカと来たんだけど、あの子は今気絶してる。

ここに来た瞬間に、別の死念獣がリーダーを襲ってた。リーダーは今それと村の外にいる」


大男の身体が起き上がり、触手がその首もとから復活する。


「状況は理解した。

相手を変わろう。俺の念ならば相性もいい。

お前は早くイルカのところへ!」


ニャルカは走り出す。


「頼んだよ!!!」



イルカがいる瓦礫の陰に戻ると、イルカは姿を消していた。


「うそ!!!?イルカッ!!!!どこ!!!?」


見渡すと丁度、イルカは教会の中にいた。


「イルカ!!!そこにいたのね――イルカ……?」


ニャルカの声が聞こえないのか、返事も振り向きもせず、無数にある棺桶のひとつをただ眺めているイルカ。


「どうしたのイルカ!!?」


呼びながらニャルカが近づく。

すると、イルカの眺める棺桶が突如開き、中から痩せこけた女性がぬるりと起き上がり、イルカと目を合わせた。


「え?」


おもわずニャルカは脚を止めた。そしてただ、今起きている状況を眺めた。


「お母さん……やっと会えた……」


イルカが痩せこけて色も悪いその女性の肌に触れ、そしてゆっくり抱き締めた。


「お待たせ……助けに来たよ……?」


次の瞬間、棺桶の女性は、イルカを抱き返し、特大のオーラを放出し、教会もろとも、周辺一帯を全て破壊し吹き飛ばした。



ニャルカの意識は、そこで完全に途絶える。

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