第4話 念より産まれし化物

「ニャルカ……前の村でもそうだったけど、ここの人達も、もっと元気が無い……」


イルカが、ノロノロ横を通りすぎる村民を見て言った。


「リーダーが教えた“死期”が近づく人達には、よく見られる異変のひとつだけど、何だろう……ちょっと変なんだよね……」


ニャルカは違和感の正体を考える。


『さっきから通りすぎる人全て、活気以前に覇気を感じない……いや、生気を感じない?

この人達、本当に生きてるの?』


思いきって声をかけてみようと、ニャルカが目の前の人に声をかけようとした、その刹那。


「……え? お母さん……?」


イルカが、少し遠くに見える丘の上の建造物を眺め、ポツリと呟いた。


「え!?いるの!!?どこ!!?」


急な出来事に驚くも、イルカの見る景色をじっくり探すニャルカだが、それらしい人は見えない。


「違う……感じるの……呼んでるの……―」


そう言って勝手にその方へ駆け出すイルカ。


「ちょっ…ちょっとイルカ!!どこ行くの!!?」


慌てて追いかけるニャルカ。

イルカは、何かとても慌てている様子だ。


「イルカ!!もしかして念を感じとったの!!?」


「分からない…!!でも!!お母さんの声で呼ばれてるの!!間違いない!!!」


イルカは感じたその声に返事を返すように、心で祈り、念じた。


『お願いお母さん……!!無事でいて……!!

私、近くにいるよ!!?もうすぐ会えるよ!!?

だから……!!生きていてっ!!!』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 教会か聖堂か…その中にいた異形を前に、僕は自分の顎を撫で、考えを整理した。


 僕の目の前にいる異形の正体は、“死念獣しねんじゅう”で間違いない。


これも稀な例のひとつ、僕達のように力を与えられる者と同じ原理で、謂わばハズレくじを引いたように、異形の化け物に姿を変え、知能を失い暴れる者。


こいつがそれだ。


過去にニャルカと旅をしていた中で、2回出くわしたことがある。


産まれる原理の解明と、個体の名前こそあるものの、詳しい生態はまだ分かっていない。


 目の前にいる異形は、まるで空想の悪魔のように尻尾と角を生やし、どす黒いオーラを放っている。口に鋭い牙が無造作に並んでおり、目は真っ黒に澄んでいる。

棺桶から取り出した死体をバキバキと食い漁っているようだ。

人でない部位と行動を除けば、美形可憐な女性なんだろう。


「飢餓の苦しみか、それとも特定の怨みか。

もしくは……」


異形となる者は、人には戻れない。



――しかし僕の施しならば例外だ。



「どうやら心は抗っているようだね……。

苦しいと叫び、助けを求めている。しかも特定の人間に……。その人間は君を救えないが、何かの縁だ。僕が代わりを務めよう!!」


 僕は両手を広げ、浄化の念を強く込める。


がしかし……。


「困るなぁ……」


横から声がした瞬間、オーラとなって表に出た僕の念が、声の主に吸われた。


「……ん? 人がいたのか」


 声の主は、えらくでっぷり丸々太った大男。女の頭を5人分首飾りにし、片手にまっぱの女性を握っている。首飾りは言わずもがな、手元の女性も、今にも死にそうな状態だ。


「……悪趣味ですね。人を装飾品にしているとは……。

それに手元にいる方も、ろくな状態ではない」


僕の言葉に、男はとても不気味な笑いと返事を返してきた。


「でゅひひひ……。売られた商品は買った奴が所有権利を得るんだ……どう扱おうが俺様の勝手だぁ」


僕は疑問を尋ねた。


「単刀直入に3つ聞くよ。

君は何者か、何が目的で行動しているのか、そして何故、僕の邪魔をしたのか」


手に持った女性を空いていた棺桶につめてから、男はゆっくり話し始めた。


「俺はただの買い手さ。女を玩具にするのが趣味の一般人……。

目的は……そうだねぇ……邪魔な人間を殺すこととでも言っておくかぁ……」


一呼吸おいて、男は異形のいる棺桶の山の前に立ち、気持ち悪さを振り撒くようにニタニタと微笑みながら、僕の方をまっすぐ見て言う。


「お前を邪魔したのは……お前が今……最も邪魔になりそうだからだぁ……!」


ビュオッ!!!


瞬間異形が、伸びた尻尾で僕の体を貫き、目にも止まらぬ早さでこちらに近づいて僕を殴り、吹き飛ばした。



バコオ゛オ゛オ゛ォォォンン!!!


ニャルカとイルカが古びた建物に近づいたその時、衝撃と共に吹き飛んでいくレイブンを2人は見て驚く。


「!!!?リーダー!!!?」


「な…何!!!?」


そしてそれを追いかけるように現れた化物を見て、ニャルカは戦闘姿勢をとり、イルカは腰を抜かした。


「あれは!!?死念獣!!!」


「あ……ぁ……」


尻餅をついて立ち上がれなくなったイルカを守るように体勢を整えるニャルカ。


『リーダーにあれだけ荒々しく攻撃できる死念獣は初めて見た……。ウチたちには目もくれなかったけど……リーダー?もしかして気づいていたの?この存在に……!』


次に建物から、遅れて大男が顔を出した。


「でゅひ!でゅひ! まだ完全でないとはいえ、凄まじい力……、これならばいい商品に……」


顔を見せた男を見て、イルカが再び動揺する。


「あぁ!!?……こいつ!!……!!!」


ニャルカがイルカの異変を察し、小刀二本を手に取り構える。


「……イルカの言ってた特徴!!お前だな!!?」


大男は2人に気づいて舌なめずり、興奮し始める。


「でゅひ?でゅひひひゃ……!!

これまた良さげな女がいるなぁ!!」



 どうやら僕は村の外の、えらく遠い場所まで吹き飛ばされてしまったようだ。


的確に狙われ貫かれた胸は大穴が空いている。


「ゲボッ!!…心臓を的確に狙ってきたか……。

だが君の意思ではないんだね。

やれやれ、初めてだよ……。死念獣に傷を負わされたのは……。僕も防御しなかったとはいえ、ここまで致命傷になったかもしれない状態になるのは……」


喋りながら風穴に手を置き、念じる。


「悪いけれど、僕は死なないし、死ねないんだよ……。人なら死ぬ全ての事象が僕には通用しない。このまま縛りきって殺すことも僕は容易なんだけど……」


3撃目をうける前に、既に死念獣は僕の念で身動きできないよう縛り、固めている。


空いた胸の穴も、もうじき塞がる。


僕は死念獣に、続けて語りかける。


「さっき邪魔が入ってしまったけれど、口で言った約束は果たすよ。君を人に戻してあげよう。だがそうだな。僕に傷を与えた罪の精算として、ちょっと僕の実験に付き合ってもらおうかな」


縛られた殺意の化け物に、僕はそっと触れ、死の念とは真逆の、“生の念”を無理やり流し込んだ。


死念獣は、今までにないほど苦しみだし、悶えだし、ついには咆哮を放った。その咆哮はまるで、恐怖が最高潮に達した女性の悲鳴のように甲高く、しかし同時に怒りが籠った男の低い呻きにも聞こえた。



 遠くから聴こえる咆哮に、ニャルカと大男は気づく。


「でひゅ!お前達はあの男の仲間か?だとしたら残念だなぁ……死体すら残らず、あれの血肉に変わるだろうさぁ……」


依然イルカは腰を抜かして立てない状況、ニャルカは、そんなイルカの前で武器を構えた体勢のまま、男の言葉を聞いてあげている。


「心配してくれてるならそれは無用! リーダーは死なないから。それよりも、ウチたちはあんたに用がある!!」


キッ!!と睨み、ニャルカは大男に詰問した。


「直近であんたが買った女性を探している!!

その居場所を吐け!!答えによっては、無事では帰さない!!」


男はわざとらしく考え、無駄に時間を使ってから、やっと答えた。


「んぶふひ!!さぁねっ!!玩具を買う順番なんて、いちいち覚えちゃあいないよ!!

それよりお前も……いい玩具になりそうだなぁ……性格はツンツンしてるが、肌触りも良さそうな皮膚に、撫でがいのある髪の毛ぇ。柔らかそうな肉感と、綺麗な瞳ぃ……」


寒気が走るのをなんとか堪えて、ニャルカは後ろに叫ぶ。


「イルカ!! そこを絶対動かないでっ!!

今からウチ、少し本気出すから、ウチに、あなたを守らせて!!」


 イルカはあるものが目に映ってから、景色を直視出来ずにいた。

ニャルカの声に頷きこそすれど、声を出して返事までをする余裕がなかった。


恐ろしい化け物を見て恐怖したことは間違いない。しかし、今イルカを震えさせている理由はそれではない。


大男の首飾りだ。


5つの女性の生首だ。


イルカはその中に、母に似た顔を見た。


それを見たのは一瞬だった。だから確認をしたくないのだ。認めたくないのだ。


もう母が死んでいることを。

母が無惨に装飾品にされていることを。


もう母には会えないことを……。



いやだ……いやだ……見たくない……。

そんなのいやだ!!


心で私はお母さんを呼んだ……叫んだ……


念じた……。


『ねえ!!生きてるよね!!?まだ会えるよね!!?

どこ!!?返事して!!!もう会えないなんていやだ!!!

また私を誉めてよ!!!私を慰めてよ!!!叱ってよ!!!

撫でてよ!!!私を見てよ!!!私を!!!呼んでよ!!!!』


私はやっと、もう一度思いきって目を開けた……。

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