第6話 見える念と感じる念

 クマドリは驚く。突如起こった後方からの念による大爆発に。


「!!?」


声を出すより早くその場を瞬時に離れる。

その行動は功を奏した。


爆発点から、大きな影が猛スピードでこちらに突進してきたのだ。


クマドリは間一髪でそれを避けた。


大きな影はそのまま、先程までクマドリが相手していた元大男の成れの果てである化物に覆い被さり、なんとグチャグチャと音をたてながらそれを貪り、啜り始めた。


「何だ!!?何が起きている!!?」


あまりの状況にクマドリは取り乱す。


「クマドリ!!無事か!?」


そこへ、レイブンが女性を抱えて降りてくる。


「リーダー!!先程ニャルカに事情は聞きましたが、ここまでは想定してませんでしたよ!!」


「ああ。僕もだ。ニャルカはどうした!?」


「イルカを確認しに行った筈ですが、丁度その方向から、念の爆発と、この念獣が……」


2人はそれを再度見やる。


大きな影は、まるで蜘蛛のように8本脚で地を踏みしめ、脚が支える身体は蜥蜴トカゲなのか、あるいは悪魔そのものか。

食いきってこちらを振り向いて見せてきたのは、大きく大量の鋭い牙を生やした口と、同じく大量の目が付いた大きな顔。そしてその顔の上に、女性の上半身が生えている。


そこまでを確認した2人は、生えている上半身だけの女性が抱いているものに気づいて、思わず大きな声を上げる。


「「イルカ!!!」」


クマドリが攻撃姿勢で構えた。だがレイブンはそれを止める。


「ここは僕が変わる!!ニャルカがここに戻らないということは、彼女にも何かあったんだ!!

ニャルカを確認してきてくれ!!」


グッと込めていた拳の力はそのままに、クマドリは後方の爆発点へ急いだ。


 レイブンは抱えていた女性を木陰に寝かせて念で覆って守り、イルカを抱く化物の強い念を感じとる。


「初めまして。貴女がイルカの母君ですか。

このままでは話もできませんね。まずはその子を、一旦離して頂きたいですね!」


レイブンは目の前のそれを“イルカの母”と呼び、無駄に対話を試みた。


イルカを抱くそれが、激しく身動き、咆哮を放つ。その衝撃で近くの木々は折れ、地は隆起し、空間はうねる。



があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああぁ!!!!!




「ニャルカ!!!どこだ!!!?」


クマドリは破壊され尽くされた教会の瓦礫を見て叫ぶ。


「ニャルカ!!!!」


見渡してすぐ、瓦礫の隙間からニャルカの脚が生えているのを見つける。

クマドリは、見つけるや否や近づき、瓦礫をどかしてニャルカを救出する。


「ニャルカ!!!しっかりしろ!!何があった!!?」


ニャルカは返事をしない。目は白目を向き、大口を開け、呼吸もしていない。


クマドリはニャルカを片腕で支え、空いた手に念を込めた。


淡い緑のオーラをその手に作り、ある程度してそれをニャルカの胸に強く押し込む。


オーラが完全にニャルカの胸に吸い込まれたその時、彼女が激しく呼吸を再開させた。


「がっはあああ!!!はぁ…!!はぁ…!!」


「ニャルカ!!!落ち着いて呼吸を戻せ!!

話せるなら、何があったのかを早急に!!事態が急を要す!!」


呼吸そのものは早いままだが、自身で整えたと確認して、ニャルカは荒々しく言葉を紡ぐ。


「イルカが……!!!イルカが死念獣に取り込まれた……!!!多分それがイルカのお母さんで…!!!

どっちも助けないと……!!!」


クマドリはニャルカを落ち着かせながら、現在の状況を素早く話す。


「今それの相手はリーダーがしている!!

恐らくリーダーはその状況を把握している!!

お前はひとまず回復を!!」


しかしニャルカは彼を払いのけ、無理やり立とうとする。


「いや……早くリーダーに…伝えないと…!!

あれは今まで会った死念獣と全く違う……!!!

ウチに見えたほど……!!!念の底が異常なの!!!」


「!!!?」


ニャルカの切羽詰まった姿に戸惑うクマドリ。


「いったい……本当に何が…起きている…」


たまらずクマドリは、レイブンとそれがいる方向を見た。



 イルカの母と繋がる化物は、しつこくレイブンを狙って突進と攻撃を繰り返してくる。

それを紙一重で避けながら、レイブンは念を準備する。が、しかし。


「お!?」


化物は背中から触手を生やし始めた。

それは先程までニャルカとクマドリが相手していた触手と全くもって同じもの。


攻撃は更に速度を増す。

たまらずレイブンは空中へ浮遊し距離をとる。


「流石に手数が違いますね。動きを封じたいところですが、イルカに被害を与えかねない。

念の準備もさせてくれないとは…」


彼も珍しく困り、悩んでしまう。


「リーダーッ!!!!」


後ろから聞こえたのはニャルカの声。

クマドリにおぶられたニャルカが必死にレイブンを呼んでいた。


「ニャルカ!!無事だね!?」


レイブンは確認するも、耳だけ傾け、依然として化物に集中している。


「リーダー!!!その死念獣は――!!!」


ニャルカの言葉をレイブンは遮る。


「分かっている!!イルカの母親だろう!!?

勿論救うつもりだ!!」


しかしニャルカは首を大きく横にふる。


「ううん違うの!!!お母さんなのは違わないけど!!!ウチが言いたいのは…念のこと!!!」


攻撃をまたギリギリで避けながら、レイブンは2人のいる場所へ急降下する。


「念がどうかしたのかい!?手短に頼む!!」


レイブンが急かす。


「えっと……!!イルカのお母さんの念以外に、中にもっと沢山の、全く別の念もいっぱい見えるの!!」


「別の念?僕にはひとつの念しか感じられないぞ!?確かなのかい!?」


答えを求めるが、それを待たずに触手が3本鋭く伸びてくる。レイブンと、ニャルカを背負ったクマドリがそれを避ける。


「ニャルカ…!俺もあれの念はひとつしか聞き取れないぞ!?それは事実なのか!?」


クマドリが再度聞き直す。


ニャルカはボロボロで目も半ば虚ろだが、しっかりと化物を見て、そして言う。


「……うん…!ウチには……確かに見える!!

いくつかは数えられないけど……いろんな色が重なって黒く見えてる……!!」


クマドリはすぐ、そのままレイブンに伝える。


「リーダー!!ニャルカは確かに、重なって念が見えていると!!」


レイブンは内心思った。


『念の感じとり方は三者三様、ニャルカは“見ること”で念を理解する。

まさか“見なければ分からない念”なのか!?』


だが同時にレイブンは思い出す。

先程人に戻した死念獣も、念が複数籠っていたことを。


『人の心は常ひとつ。それを変えられる事象はつまり……意図的に何者かに作られている!!

イルカの母も、あの男に何かされている!!?』


レイブンは状況を速やかに整理し、攻撃をかわしながら、如何にしてイルカとその母を救うか、物理的に額が熱を帯びるほど思考した。


「―――んんんん…んんなああああ!!!

僕に頭脳戦はムリだっ!!!クマドリッ!!!」


呼ばれたクマドリがレイブンを見やる。


「ニャルカを動ける状態まで回復させてくれ!!

彼女の目と力が必要だ!!! 時間は僕が稼ぐ!!!」


「了解!! 無理は禁物ですよ!!?リーダー!!!」


返事に対し、レイブンは内心でこう思った。


『とっくの昔に、無理はしてるんだがな!!?』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


……表現するなら、炭よりも黒い海の底。

ドロドロとして重苦しいその水に完全に包まれ、身動きもできず、何も見えず、呼吸もできているのか分からない……。


『お母さん……どこ?……見えないよ……』


私は一体どうなっているのか、気色の悪い感触だけが伝わって、それ以外何も感じられない。


それでも私はお母さんを探す。


『お願い……返事を……声を……』


時間がどれほど経っているのかも分からない。

すごく永い時間こうしているように思う。


『ごめんなさい……お母さん……。

私一度……お母さんを諦めちゃった……。

でも……やっぱり嫌だよ……。

ずっと一緒にいたい人……それは私にとって家族なの……。

だから……諦めたくない……!』


身体が熱くなって、自分の形を認識できるようになる。


『お願い……!会いたい……!!』


この暗闇の中で、私だけが光を放つ。


『もう一度……!!お母さんに!!!』


光が細く伸び、ある一点に集まる。


『―――会わせて!!!!―――』


私は、私から伸びる光の線を手繰り、その一点に寄り添う。


その光の点に触れると、私は懐かしさと優しさを感じ、おもわずそれを抱き締めた。




――――――。



――――カ―。



――イ―ル――カ―。



『もう……二度と……失わないよ』



―ゴ――メ―ンネ――イ―ル――カ―。



『もう二度と……諦めたりしないよ!』



――ワ―タ―シ――モ―。



『取り戻す!!私の大切なもの!!!』



――――アルモノ―ゼンブ!!!――――



私は戻った。そして彼女と目が合う。


「イルカ!!」


「ニャ……ル…カ」


ニャルカが今までで一番の笑顔を見せる。


「お待たせイルカ!!! 約束!!!」


私はまた、大粒の涙を目尻に作り、彼女の片腕に抱かれる。


胸元に握る暖かい光と、ニャルカの存在の安心感は、私の恐怖と不安感を全て消してくれた。


もう怖い思いは何もなかった。

全て取り戻す決心は、私の背中を強く押してくれた。


そして彼の声もまた、私に勇気をくれた。


「イルカ·クロウレイン!!

君の母君は生きている!!

その手の光を!!母の念を決して手放すな!!!

君に変わって!!この我が、全て取り戻すっ!!!」


リーダーの後ろに着地したニャルカは、私を抱いたまま、私を取り込んだ異形を睨む。


リーダーが異形へ向けて再度叫ぶ。


「全ての準備が整った!!!

浄化の大儀式を始めようか!!!」


リーダーの身体が宙に浮き、彼が凄まじい白いオーラを、強烈に解き放った。


そして、リーダーの言う大儀式は、異形の下で同じ色に光る特大の陣の煌めきから始まる。

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