第3話 家族を見捨てるなど

 宿屋で起きた出来事は、隠れて一部始終を見ていた誰かによって噂されてしまい、村に滞在することは困難となった。よって、リーダーの率いる一行は、その日すぐに村を出て、現在新しい滞在場所を求めて山道を歩いている。


歩くだけで暇になった一行は、会話に花を咲かせていた。一人を除いて……。


「それにしてもビックリだよね!! まさかリーダーと同じ血筋なんてさ!! 絶対運命だよね!!?」


「僕の家系図には謎が多かった……。

でもまさか、大虐殺され滅びた国から、逃げおおせることができた者がいて、その生き残りが、揃って王族の血筋とはね。

我ながら本当にビックリだよ」


「そういえば、リーダーの昔話は今まで聞いたことないですね。話す気は無いので?」


天真爛漫に振る舞い驚くニャルカ。

同じ名が生き残っていたことを謎に思いながらも、同じく純粋に驚くレイブン。

そして彼の過去に興味を示すクマドリ。


「うーん……。時が来たら話そうかな。今知ったところで邪魔な知識になる。今はそれよりも、イルカの事を優先して調べるべきだね」


そう言って、イルカに目を向けるレイブン。

イルカは、自分の名前を明かしてからずっと無口なままだった。


「思考も感情も追い付かず、混乱するのは、流石に当たり前だよね。ニャルカ。イルカをおぶってあげてくれ」


「了解! はいイルカ! この背中にお乗りっ!!」


ニャルカがしゃがんで背中を叩いて見せたが。


「自分で歩ける。子供扱いしないで……」


きっぱり断られた。


「何処に行こうとしてるの? 宿屋まで手放して新しい拠点なんて…そう簡単に見つかるわけ無いじゃん。それに私……仲間になるなんて、一言も言ってない……」


イルカがやっと会話をしてくれることに喜ぼうとするレイブンだが、ギリギリのところで感情を抑えて返答した。


「君のお母さんを探しに行くんだよ。恐らく今から向かう場所でまだ生きていると思われる」


「待って。何で話してないのに私のお母さんの事知ってるの?」


レイブンはニッコリして言った。


「君の頭の中、少し見させてもらったんだ。触れたときにね。移動時間や買い手の行動範囲を考えるに、そこだと思っている。

君の力の覚醒も早い段階で済ませられたこと、

君が、クロウレインの血筋であったこと、

君よりも、君の母君が、重要な情報を持っているかもしれないこと。全てが噛み合った上での拠点変更さ」


そしてさらに満面の笑みでイルカの方を見る。


「それにどうやら、君は多少なりとも、僕達のことを認めてくれたようだったし、何よりニャルカを助けようとしてくれた。君には否が応でも、仲間になってもらうからねっ!」


イルカはプイッと横を向き、ボソッと一言。


「勝手な人……」


会話の終わりを見計らってか、ニャルカが急にイルカの小脇を両手で掴み、そのまま持ち上げ背中に乗せた。


「それっ!!」


「うわっ!? なにするんだ!!?」


困惑したイルカに、笑いながらニャルカは話す。


「お礼を言ってなかったよね。ありがとう!!

嬉しかったよ!!

次にもし、イルカが怖い目に遭ったら、必ずウチが助けるからね!!」


「だから……子供扱い――」


イルカの言葉をニャルカは遮った。


「違うよ。これは子供扱いしてるんじゃなくて、イルカだからそうしてるんだよ!」


イルカはまた何も言わなくなった。

しかし、そう言われてなのか分からないが、ニャルカのおんぶを、今度は拒否せず、むしろ手に力を込めて彼女の肩を握り、最後にイルカはニャルカの背中に顔を埋めるのだった。


「……さあ! もう少し登って山頂へ行けば、目的地が見える筈だ。頑張って歩こう!!」


レイブンの声援に、ニャルカは「おー!!」と右拳を上げて返事をし、クマドリは静かに頷いて見せた。



山頂に着いて、目的地である村が見えると、一行は立ち止まって、景色を眺めた。


「あれが目的の村? 結構大きい村!」


ニャルカが聞いた。


「そう。前の拠点より3倍は大きい村だけれど、こっちの方が治安は悪そうだね。ボロボロの家屋かおくもちらほら見える。

念のため、確認事項をまとめてから、村に入ろうか」


 一行の目的は大きく2つ。

長く滞在するための拠点探し。

そしてイルカの母を見つけ、保護すること。


「みんな、優先事項を忘れないようにね。

クマドリは一旦、宿屋経営できそうな場所確保を急いでくれ。

ニャルカは、イルカと一緒に捜索と探索を。

悪いけれど、僕は一時別行動するよ。あの村にはちょっと思うところがあってね。

もしも何かあって助けがいる時は、“共鳴”で呼んでくれ」


 手早く確認を終了させ、山を降り、村の中へ入る。


「じゃあ。それぞれ行動を開始しよう。

ニャルカ! くれぐれも、ポカはしないでおくれよ?」


レイブンがニャルカに釘を刺す。


「今回はイルカもいるし!! 大丈夫だよ!!」


なぜか彼女は自信満々だった。


こうして一行は別れ、ニャルカとイルカはまっすぐ村の大通りに入っていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「私のお母さん……どうやって探すの……?」


イルカがウチに聞いた。


「ちょっと思い出すのは嫌かもしれないけど、イルカのお母さんを買っていった人ってどんな人だった?」


「えっと……汚くて大きな男の人……。

クマドリ?さんよりも大きかった……」


「うーん……って、えっ!!?あいつよりも大きいの!!?あいつも大概大きいと思うけど!!?」


「うん……喋り方も気持ち悪くて、ベチャベチャしてる印象……」


私は少し身震いした。


「うへぇ……印象最悪だね……でもそれなら早く見つけられるかも! 今から村全体をひとしきり歩いて回るから、何か記憶に触れるものがあったら言ってね。そこから調べていけば分かるかもしれない!」



 その会話以降、時間にして約5時間。

村の状態を把握したものの、それらしい人は見当たらず、それに関係しそうな物もイルカは見つけられなかった。


「これで全体的に見たと思うけど……最後にどう? 何か気になる物も無い?」


ウチはイルカに聞いてみる。


「うん……ごめん……」


イルカはそう呟いた。


「謝らないで! まだまだ探し始めたばかりなんだから、これからだよ!」


ウチはそう励ましたが、イルカは、ウチから顔を背けて、小さく震えた声でこう返した。


「お母さん……本当に生きてるのかな……。

私もう……お母さんも弟も……死んじゃってると思っちゃって……もし生きてたとしても……どんな顔して会えばいいか……分かんないよ……」


ウチはイルカの言葉で、昔の記憶を思い出す。


優しかった両親……。

大切な友達……。

楽しかった場所……。

明るい思い出……。


そしてそれらを一瞬にして奪われ、絶望する暇もなく、ただ戦って、生きるために足掻いた悪夢のような記憶を。


「イルカ……聞いてくれる?」


イルカの両肩に手を置いて、同じ目線になり、まっすぐと伝える。


「……ウチは昔、戦うために力以外を捨てさせられた。家族も、友達も、思い出も、何もかも捨てなきゃ、生きることを許されなかった。

結果ウチには、力だけが残って……リーダーに会うまで、その全てを返してもらうか、それができないなら、早く死なせてほしいって、ずっとずっと、ずぅぅっっと願ってた……。

あの時……ウチは、やっと死ねると……思ってしまった……」


イルカは涙目だった。希望を見つけられない、あの時のウチと同じ目だ。


「希望や思い、願いっていうのはね、信じてあげなきゃ、その言葉に意味を与えられないの。ウチはそれをリーダーに教えてもらった。

そしてそれを知ったときには、何もかも手遅れだった……」


肩に置いた手をイルカの頬に添える。


「でもイルカはまだ間に合うよ! ウチたちが必ず助け出す!! お母さんも弟君も、そして……イルカの楽しいと思える思い出も全て!!」


最後にウチはイルカを強く抱き締める。


「だから……だからイルカは……信じてほしい。ウチたちじゃなくていい。自分の家族のことを、自分自身を!

見捨てないで!! 家族を!! 自分を!!」


初めてイルカがしっかりと涙を流した。

嗚咽し、しゃっくりを起こし、何かの縛りがほどけたように、ただ……泣いた。



 近くにあったベンチに2人で座って、イルカが落ち着くのを待った。


「まさかここまで泣かせちゃうなんてね。

ごめんね……落ち着いてきたかな……?」


「グスッ……うん……ありがとう……」


ちょっと安心した拍子に、ウチのお腹が大きく鳴り響いた。


「流石にお腹空いたね。腹が減っては戦はできぬっ!もとい捜索できぬっ!!てねっ!!

簡単に食べられる物探して、お母さん探しはそれから再開しよう!!できるだけ急ぎでね?」


「うん……ニャルカ……」


ウチは遅れて驚いた。


「あっ!!!ウチの名前!!!?呼んでくれた!!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 僕は、この村に違和感を感じていた。

遠目で見た瞬間から、どす黒いオーラのような気色悪さと、同じ力の一方的な念を……。


村の外側を沿って歩き、途中から丘を登り、辿り着いたのは最も古びた建造物。


「……ここからか」


“死の念”


生きとし生けるものは、皆これを無意識に避けて日常を過ごしている。

強力な力を持つ者ならば、それを感じとり、操作することもできる。


歴史的な大戦や災害、その他死者を生む何かしらの事象は、必ずこの念が関係している。


力を得た人間の中には、感情や欲で念を利用し、無作為に人を殺める身勝手な者がいる。


それは自然の法則を無視し、バランスを歪める、あってはならない事柄なのだ。


「強力な死の念が過密している。道理で村の広さに合わず、人が少ないわけだ」


過度な死の念への干渉は、普通の人は避けなければならない。触れるだけで絶望と苦痛、そして、一方的な死をくらってしまうからだ。


 城のような形状にしてはやけに小さい建物、これは恐らく教会か聖堂だ。


「こんな場所にこの念とは……演技の悪い」


この場所に希望を願いに来る人に、皮肉にも死を授けるとは、あまりに悪質である。


 崩れて足場の悪くなった入り口から中へ入ると、身廊しんろうらしき空間が目の前に広がる。だがそこには明らかに異様なものが。


おびただしい数の、蓋の閉まった棺桶かんおけと、それが山になっている場の上に、こちらに背を向ける、異形の何か……。


「元凶は……君か……。人でもない存在へ成り果てるほどの怨念と苦痛が、強烈に念になって伝わってくる……」


異形の存在がこちらに気づき、何かを喰らいながら振り向く。


食い物の正体は……――




人だ……。

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