第2話 人の名と壮大なる夢
結局、女の人と一緒に朝までぐっすり寝てしまった。寝る前に、一方的にだったけれど会話もした。
彼女の名前は、ネリカ・ヴァルト。
呼称は“ニャリカ”
とある国の兵隊だった彼女は、その国が滅び、行くあてもなくなり、最後に奴隷商人が率いた盗賊と戦って死にかけていたところを、あの男、彼女の言う“リーダー”に助けられたのだという。
リーダーの創造する世界に感銘を受け、それからずっと行動を共にしているそうな。
朝になって私は起き上がり、窓を開けて風を入れる。女の人はまだ、口からよだれを垂らしてグウスカ寝ている。
窓の外から入る風は多少涼しく、今の私の心を撫でてくれているような心地よさを感じる。
私達がいる部屋は2階。下を見て通りを眺めると、くたびれた顔をした人達が、せっせと店の準備をしている。
今さらだが、この村に活気というものは感じられなかった。
コンッコンッコンッ
人間観察をしていると、後ろから扉を叩く音がした。
「起きているかな?どちらか起きていたら、外に出る準備をしてほしい。急ぎではないが、改めて話し合いをしておきたくてね」
あの男の声だ。
「……女の人……ニャルカ?がまだ寝てる…」
嫌だったが返事を返す。
「その声! 少しでも休めたようで良かったよ。ニャルカは寝坊助だから、叩き起こしてくれればいいよ。悪いけどお願いしていい?」
「うん……」
私はベットの寝坊助をゆすってみた。
「ムニャムニャ……リーダー……」
寝言は出たが、起きる気配はない。
叩き起こしてと言われても、本当に人を叩くのは、流石に気が引ける。
そう思っていたら、察していたかのように、男が扉の外から声をかけてきた。
「右ほっぺとお腹を摘まんで、強めに引っ張ってみてくれ!」
「え?……うん……」
言われた通りにしてみた。すると……。
「ンガァアァ……リーダー……下は触らない約束――……ん?」
女の人は薄く目を開けた。
「あ…おはよぉう♪よく眠れたぁ?」
寝起き特有のほんわかした声で私に話しかけてきた。
「うん……眠れた。男の人…リーダー?があなたを起こせって――」
すると外から、ちょっと怒り気味に声色を変えて男の人が彼女に声をかける。
「とうとう子供に起こされるようになったかい?ニャルカァ……」
「ひゃん!!?リッリーダー!!?」
流石に目が覚めたのか、声色が一気にしっかりしたものになる女の人。
「ほらっ!起きたならさっさと支度して!!
下の待合席で待ってるよ!」
「はっはい!! さ!君も準備しよ!」
※
準備してもらった外用の服に着替え、身なりを整え、私と女の人は、宿屋の1階にある待合席に座る男の人のところへ行く。
「やっと来たね。まったく……いつになったら君の寝坊癖は治るのかねぇ」
「えっへへ…ごめんなさいリーダー。
でも今日はこの子のお陰で、いつもよりは早く起きれたよ!」
「彼女を起こしてくれてありがとうね。
さあさ、君達もお座り。今度こそ、しっかりと話そう」
感謝され、私は男の人の向かいに座らされる。
「自己紹介からだね。僕は“レイブン”
仲間の皆からはリーダーって呼ばれてる。君も仲間になってくれるなら、僕の事はそう呼んでくれるといいかな」
隣で朝食を爆食いしている女の人を横目に見て続ける。
「彼女は“ニャルカ”
僕の最初の仲間。こんな奴だけど、夜一緒に過ごせたのなら、これから一緒に過ごしても問題ないかな?」
「モグモグゴクン!! リーダー!!この子にならいいと思って、昨夜本名も教えたんだけど、問題ないよね!?」
口に入れた食べ物を無理やり飲み込んで、女の人は男の人に聞く。
「なんだ、先にそこまで話してたか。紹介の必要なかったかな」
テーブルに新しく料理が運ばれてきた。
運んできたのは宿屋の主人、昨夜宿を借りる時に対応してくれた大男だ。
「お待ちどぉ。これで最後にしてくれニャルカ。お前はいつも食べ過ぎなんだよ」
お構い無く出された料理を食らう女の人。
「丁度いいところに。ここの主人である彼も仲間だ。呼び名は“クマドリ”」
宿の主人が改まり、こちらにペコリと頭を下げる。
「初めまして。昨日見たときよりも具合は良さそうですね」
「お……お陰さまで……」
主人は男を再度見る。
「奴隷だと聞いていたから、心配しましたが、子供なのにここまで肝が据わっているとは、逸材かもしれませんね、リーダー?」
「ああ。さて、次は君の名前を教えてくれるかな? 奴隷になって名を失うとしても、過去に名付けられた名があればそれを――」
私はずっと、こいつらを警戒している。
奴隷になる者の末路は決まっている。手順はどうであれ、雑に扱われていつか死んでいくだけなんだ。
なのにこいつらは、奴隷になった私に、満足な食事と寝床を準備し、心を癒そうとし、そして丁寧に自己紹介だときた。
普通じゃない。
「私を奴隷として扱わないなら何なんだ。
私にはもう、生きる意味も意思もない。知らないあんたらに優しくされる筋合いもないのに、何でここまでしてくれる……。
何が目的なんだ……」
バァコォン!!!
宿屋の入り口が突然吹き飛んだ。
ぞろぞろと薄汚い装いの男達が、物騒な武器を片手に入ってきた。
「いらっしゃい。宿部屋と食事どちらでしょうか?」
宿の主人が臆することもなく接客しようと試みる。
「ここに、昨晩俺たちの商人仲間を襲った女が逃げてきただろ!!!どこにいる!!?」
隣に座る女の人がそっぽを向いて汗だくになる。
「…すみませんが、お探しの女性らしき人は見かけておりませんね。特徴などあれば教えて頂けますか?」
「とぼけるなっ!!!ここにいるのは分かってるんだ!!!……んん!!!?」
こちらに気づいて近づいてくる襲撃者。
「おい!!!」
「どうされました?今僕達食事中なんですが」
男の人が返事する。
「てめぇじゃねぇ!!! おいそこの女!!!」
呼ばれてビクッとする隣の女の人。
「えぇ~っと……何でしょうかぁ……」
震えながらも声を高くしてゆっくり振り返る。
「こいつだっ!!!全員武器を構えろ!!!」
女の人に向けて複数の
「ひ……人違いではないですかぁ?」
「俺は鼻がいいんだ!!!吹き飛んだ馬車の残り香に、お前と同じ匂いがしやがった!!!よくも商売の邪魔してくれたなぁ!!!?」
胸ぐらを掴まれ、持ち上げられる女の人。
「ひぃぃん……リーダ~……」
「今回だけ、やけにポカしちゃったねぇ。
ニャルカ……」
仲間が襲われて助けを求めているのに、やけに冷静にしている男の人。
今ならどさくさに紛れて逃げられそうだ。
でもさっき声に出して言ったように、今から生きていこうなんて考えてなかった。何なら私は、死を1度受け入れた。今まだ生きていることを罪だとすら思っている。
これから地獄を生きるか、死ぬか。これしか選択肢がなかった筈なのに、こうして優しくしてくれた人達がいること。私はどう判断すればいいのか。分からない。
分からない……。
ワカラナイ……。
「―ヲ――シテ―ダサイ……」
「ああ!!!?何か言ったかクソガキィ!!!」
「―――手を離せ……!!!」
すると、女の人を掴んでいた襲撃者の腕が、とても鈍い音を鳴らして、勝手にあらぬ方向へ折れる。
ボギャッ!!!
「!!!?ぐわあああぁぁ!!!!?腕があああぁ!!!!?」
「なんだあのガキ!!!?何しやがった!!!?」
腕の折れた襲撃者に次いで、他の襲撃者もみんな私を見て焦る。私自身も何かをしたつもりはなかったけれど……。
というか、私は何をしている?
女の人を助けようと?
何で?何のために?
「――想像よりも、早く覚醒したようだね」
男の人が私の頭を撫でて、前に立つ。
「君は恐らく知らないと思うから説明するよ。人は死を見て、そして自身も死を認めると死期が近づく。だけど希に、その死期を免れる者がいる。君はその一人……」
何を言っているんだろう……。
「そしてその希な人間は、力を授かるんだ。
今君が起こした事象のようなね」
まるで分からない……。
「ありがとう。ニャルカを助けようとしてくれたんだよね? その気持ちが伝わっただけでも、これ以上無い嬉しい答えだ。
ちょっと待っててね。今すぐ終わらせるから」
そう言って、撫でていた手で私の目元を覆う。
次の瞬間、暗闇の先で、言い表せないような音が響き渡り、その後じんわりと、足下に生暖かい感触が伝わってきた。
目元がフッと明るくなり、目の前を見ると、そこに広がっていたのは、血の海だった。
その真ん中で女の人が浴びた血を舐めている。
宿屋の主人はやれやれと言いたげな顔をしている。
「君を買った理由、そして僕達の夢を、今君に教えよう」
男の人が血の海を歩き、私の前に立って両腕を広げる。
「僕はこの汚い世界を丸ごと買って、僕が創造する世界に創り変えたいと思っているんだ!」
腕を広げたままこちらに振り向き、同時に血の海が、彼の足下からブワァ……と浄化されるように消えていく。
「先程話した君の力を含め、特異な力を持つ人間はとても少ない。だけど君は選ばれた!
僕や仲間と同じ様に!」
血が全て消えると、男の人は……、
いや……リーダーは、私に手を差し伸べる。
「僕も本名を名乗ろう……。
セディアス・クロウレイン……。
今は無き、クロウレイン王国の血を継ぎ、世界に復讐と革命、そして終わりを告げる名だ…」
私の目に写る人は、さっきまでいた“男の人”とはまるで違った。そして、“クロウレイン”……
私はその名を知っている。なぜなら……。
「改めて……君の名を聞かせてくれるかい?」
私の名は……。
「……イルカ……―――
イルカ・クロウレイン
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