売買世界の王二人
境 界
第1話 買う者と買われる者
この世界の人間は2種類いる。
“買う”者か、“買われる”者だ。
意味の無い争いで人は減り、生きる術も減り、希望も減り……残ったのは、醜き欲と売買が横行する、糞みたいな世が存在する現実だけ。
今日もまた、この世界の小さなある村で、見苦しい売買が行われようとしている……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は今、牢馬車の中で鎖に繋がれている。
揺れていた馬車が動きを止めたということは、今から値札を貼られ、売りに出されるのか。
つまり、奴隷として取引の商品になる……。
元々は、誰も寄り付かないような森林の中に小さな家を建て、そこで静かに家族と暮らしていた。
私を含めて家族は4人。お父さんとお母さん、そして3つ下の弟。貧相ではあったけれど、幸せに暮らしていた筈だった……。
ある日急に、どこからかやってきた奴隷屋が家を襲って、抵抗して殺されたお父さん以外は、商品にされた。
母は一番最初に、気持ち悪いデブで汚ならしい男に買われていき、弟は昨日、きらびやかな飾りをつけた、いかにも貴族な高飛車の女に買われ、気づけば私だけが売れ残った。
「おら! 出てこい!」
首に繋がった鎖を奴隷屋の男に引っ張られ、牢馬車から落ちるように降ろされる。
「立てよこら! 売れ残りが……」
男は私が売れないことにイライラしていた。
「この村でもし売れなかったら、お前は早々に廃棄してやる!!
せめてはした金でも俺を稼がせろよ!!?」
返事なんてする元気も気力もない。それを分かっているのか、返事を待たずに男は、ペットを乱雑に扱うかのように、鎖を強引に引っ張って、無理やり私を立たせた。
銅貨3枚と書かれた値札を首の
男が、村内を歩く人達に私を薦めて回るが、一向に買い手は捕まらない。しまいには、大声で私を買わないかとセールスしたが、それでもまったく買い手は現れない……。
「ちっ!! もうお前は用済みだ。俺を稼がせなかった罰として、これから死んでもらうからな」
そうか……。私は死ぬのか……。
その方が……楽かもしれない……。
心でそう思ってしまったことを、家族の皆より楽に人生を終われると思ってしまったことを、同じく心の中にいる家族の皆に謝罪した。そうすることしか、今の私には出来なかった。
ごめんなさい……ごめんなさい……。
ゴメンナサイ――
「――ちょっと失礼。まだこちらは売っているかな?」
店を畳んで、男が私を牢馬車の中に投げ入れようとした瞬間だった。
分厚いローブで身を包み、顔を隠した人間が声をかけてきた。
「店じまいしたとこだが……買うのか?」
奴隷屋が問うた。
「値はいくらなのかな?」
ローブの人が問い返した。
「銀貨5枚だ」
奴隷屋は値をわざと吊り上げた。
「あらら? さっきまで値札には、銅貨3枚と書かれていなかったかい?」
「クソッ……見てやがったのか……」
表情をグニャリと歪ませ不機嫌になる奴隷屋。
「あぁそうだ。銅貨3枚だ。でどうすんだ!?
買うのか?買わねえのか?
冷やかしならとっとと失せろ!! 見るからにてめぇも貧乏人だろうがよ……」
明らかに失礼な態度をとる奴隷屋だったが、ローブの人は思いもよらぬ返事を、
「いいね。なら金貨1枚で買おうかな」
「…あぁ!!?何言ってんだお前!!?」
事を言わせる前に、ローブの人はスッと、本当に金貨を手に乗せ見せてきた。
「……本気で金貨で買うつもりか?」
怪しむように奴隷屋が睨む。
「信じられないかい?」
そう言ってもう一方の手に、今度は手鏡のような物を裏返して見せてきた。
「なっ!!!?そ……それは……王族の紋章!!!?」
奴隷屋は大層驚いた。
「生憎私は、金貨以下の持ち合わせがなくてね。お釣りも必要ないんだ。チップにしておいてくれたまえ」
こうして私は、謎に高値で買われた。
ローブの人の注文で、私は鎖も枷も、全て外され自由になった。やろうと思えばいつでも走って逃げられるが、恐らく逃げたところで意味はない。
「じゃっ、着いてきてくれるかい? 自己紹介できる場所に移動しよう」
そう言ってローブの人は、私を連れて宿屋に来た。
部屋を借りると同時に食料も買い、早々に部屋に入って鍵を閉め、私にベットに座るよう指示した。
そしてローブを脱いだ。
「っかぁ!! 暑い暑い!! 夏にローブは流石に間違いだわ!!」
ローブの下の素顔は、男女どちらにも見える童顔の人。声がちょっと低めに感じるから多分男だろう。身なりは、耳に綺麗な装飾を着けていること以外、全て質素な装いだ。
さっき奴隷屋が「王族!!!?」と驚いていたが、少なくとも外面からはそうは見えない。
「うぅん……見たところ君、相当痩せているね。食事を先にとった方がいいな」
言うと男は、私の座るベットに合わせてテーブルをずらし、上に皿とコップを置き、先程買った内の乾パン2つと、ミルクを準備した。
「今夜はこれで我慢しておくれ。明日も動くことになるから、ある程度食料は残しておかないとね。ささ、食べな」
私はずっと、男を睨み続けた。
「あ! 僕の心配は要らないよ? 夜の食事は少なめにするか、とらない主義なんだ。
それと、この食事を怪しむ必要もないよ。さっき目の前で買ったのを見てるだろ? 毒なんて入れてないよ」
私は遂に口を開いた。
「……何でここまでする……」
「おお!!? 話しかけてくれるとは!! 声を出す元気はまだあるようで、良かった良かった」
勝手に安心された。
「答えろよ……何で私を買っておいて、もてなそうとするんだ」
男はフフッと笑って言う。
「先に言っておくけれど、奴隷という立場なら、その言動では殺されても、文句は言えないからね?」
私はギュッと口を閉じた。
「でも安心して。僕は君を“奴隷”として買ったわけではない。僕の壮大な夢の第一歩、その一部になってほしいから買ったのさ」
すると急に、遠くの方で何か爆発音らしき音が聞こえてきた。
「およ? ちょっと早すぎるなぁ……後で叱っとかないとなこりゃ……」
男は爆発に驚くこともなく独り言を呟いた。
「まあなんだ、詳しいことは人が揃ってから話すよ。聞く元気も養わないとね。早く食べな」
タイミング悪く私のお腹が、グー…と音を鳴らした。
「ほら。君のお腹も食べたがってる」
限界の空腹感と照れ隠しで、私は乾パンにかぶりついた。
「があぁんむぐ!!……モグモグ……」
「うんうん。いい食べっぷり。食事はこうでなくっちゃあね」
外窓がコンコンと鳴った。
男が窓を開けると、少し黒い煙を纏ってボロボロになっている人間が転がり込んできた。
「ぶっひゃひゃぁ!! やらかしちったぁ!!」
なんと入ってきたのは女の人だった。
「ニャリカ! 想定より3時間も早いぞ!? 何してるんだ!?」
「ごめんリーダー! 馬車が想像よりも早く村を出ちゃってさっ!! 焦って攻撃したら暴発しちゃって、悪いんだけど情報までは回収できなかったぁ!」
男はため息をついた。
「はぁ…それで?お金は回収できた?」
聞かれてピクッとした女は、少し震えながら「ほい」とコイン1枚を手渡した。
男は手渡されたコインを見て固まった。
「…………これだけ?」
「…………これだけです……」
「金貨1枚じゃプラマイ0じゃないか!!何やってんだこらぁ!!!」
「ご…ごめんなさいい!!もうミスしないから許してぇ!!いててててっ!!!」
女は男に間接技をきめられ、悶絶しながら謝り倒す。
今は正直、静かにしていてほしいんだが…。
そう思いながら乾パンを貪っていると、解放された女が、今さら私に気づいた。
「はぁ…はぁ…リーダー、この子が例の?」
「そう。新しい仲間だ」
できるだけ目を合わせないようにしていたが、女はトコトコ近づいてきて、私をジロジロと舐め回すように見てきた。そして眺めていた目をキラキラさせて飛びついてきた。
「可愛いじゃない!! この子いいよ!!
こんな子を奴隷として売るなんて、あの奴隷屋目腐ってんじゃないの!!?」
抱きついてこられて凄く食べづらい。
だがなんだろう……。抱きつかれた瞬間に、私は一瞬、お母さんを思い出してしまった。
いつの間にか、私は涙を流していた。
「へっ!!?ごめん!!苦しかった!!?」
「ニャリカ。そっとしておいてあげてくれ。
この子は少なくとも今、心に傷を負っている。
自己紹介するつもりだったけれど、今日は早めに休もう」
私を気遣って、2人は食べ終わった私に新しいきれいな服を着せ、ベットで休むように促してきた。
何故か女の人が先に、私が横になる筈のベットで横になって、私を待ち構えていた。
「心に傷があるときは、1人だと苦しくなるものでしょ? 邪魔やちょっかいはしないって約束するから、今晩は一緒に寝よ?」
だそうだ……。
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