あいつが嫌がるなら、わたしのものだ

 航空管制警報。シューベルハウト機関にあるだろうが、インプラントとは別に侵入する賊が分からない。

 アルフレッドは、機関の指令所に初めて入る。古代に連れられやってきた時、奥に座る少女が振り向き、微笑みながら手を振ってきた。

 昨日の講堂で一番後ろの席にいた少女だ。ポニーテールかと思ったその髪型は、思ったよりも髪量が多く、身長以上の高さがある。

「いつもの見回りか」

「1機多めです」

「昨日のインプラント戦が早く済んだから、慌てて出してきたかな」

 この航空警報はいつものことであるらしい。

「映像はっと、知ってるか?」

 世間話のノリで古代は警報を鳴らす原因を写真で見せてくる。

「ガーディアンアーマーですね。実用化しているのは」

「ディアブロ。犯罪組織だな。世界統一機構系列だが、独立して動いている。」

 アルフレッドは知っている。エルザール機関を持つ機動兵器ガーディアンアーマー。四肢を持ちながら戦闘機の戦闘速度を実現した機種である。ARMSのようにパイロットを選ぶこともない。その兵器を使う組織を言おうとすると、古代が続けた。古代たちには、彼らがここにやってきている理由が分かっているのだろう。

 その理由とは、アルフレッドも勘付いた。先程、尋問室で古代が言いかけた名前、ディーゴ・アブロクス。その名はディアブロのボスの名前だ。

 シューベルハウト機関を買い上げたい者が、機動兵器で偵察しに来ている。何らかの意図が動いているのは確実である。

 何より沈黙後十数年もの間、動いていない世界統一機構の下部組織が、機関に対して動く理由は何なのか。

「定期的に来るんですか?」

「前回は1週間前」

 オペレーターの少女が、アルフレッドを見上げて説明する。その間、ちゃんとアンノウン3機をトレースしている。

 3機の軌道は滅茶苦茶なものではない。敷地を観察している動きだ。

「君は」

「リンダ・シューベルハウト。ここの女子学生は皆孤児や捨て子だけど、私は両親ともに健在。だから、皆と轡を並べるわけにはいかないの。」

「関係ないだろう。それなら俺も健在だ。」

「貴方は本当に優しい人ね。変わらない。」

 リンダと名乗った少女は、アルフレッドに面識があるかのように話す。フィアの時と同じく、アルフレッドには覚えがない。

「覚えてなくて大丈夫。私は小さい時、貴方と一言も話していなかったから。」

「むう」

 一方的に覚えられていることに、多少の違和感はある。だがやはり、覚えていないものは仕方ない。

「ところで、いつも通り迎撃出しますか?」

「無論。ただ、今回は趣向を変える。」

 リンダは切り替え早く、古代に指令を促す。彼は頷いて、言う。

「アルフレッド、その席へ」

 古代が指した方向には硬そうな椅子と電源の点いたモニター。言われるがままに座ると、古代はさらに続ける。

「2号リフトアップ。待たせたな、ルーファス。」

『問題ない』

 声が響く。ルーファスという女性パイロットらしい。また、ARMSの2号機だ。

「今回は観測手を用意した。やってみてくれ。」

『了解した』

 敷地内のどこかで施設が動いている。2号機というのを屋外に出している。

「アルフレッド。目の前のモニターは2号機ウイングの射撃スコープと共有させている。意味は分かるな?」

「射撃は好きだが、狙撃の成績は低いんだけどな」

 先の観測手という言葉で悪い予感はしていた。人使いが荒いというか、まるで便利屋である。

 狙撃の成績が低いというのは本当である。一発一発を狙い撃つのが苦手なのだ。

「よろしく、スナイパー。多分、俺は役に立たないぞ。」

『上手く当てたら、その時はお茶でも飲もう。』

「それくらいなら」

 マイク付きヘッドセットの通信感度を調べるために軽口を叩いたら、意外にも話が通じた。

 屋外にリフトアップされた2号機ウイング。

 ARMSの量産化モデル、2号機ウイング。エルザール機関を持つが、武装は通常兵器で固められている。携行火器のエルザールでの強化を目的とする機体である。そのため、インプラントに対する有効打とはならない。どちらかといえば、インプラントの指向性フィールドに対する奇襲目的に使われる。

 その攻撃力を、インプラントではない通常兵器に使うということは、あえて語る必要はないだろう。


                 *****


「おおっ、当てた当てた!」

 シューベルハウト機関から数キロの数少ない森に迷彩シートを被せる人型機動兵器一つ。こんなシートだけでも、機体が伏せているだけで隠すことができる。

 その機動兵器の手の平で、双眼鏡を片手に喜ぶ青年が1人いる。

 橘 始たちばなはじめ。アルフレッドが会話していた相手だった。

 彼はシューベルハウト機関から迎撃に出た狙撃機の射撃を観測していた。そして、迎撃機が見事旋回していた1機にレールガンを当てたところを目撃していた。

「見た、ミコト!?」

「はいはい、見てたわよ。モニターで。」

 茶髪に高身長なハジメは子供っぽい喜びの表情をしている。ミコトと呼ばれた少女は、橘 命たちばな みこと。大人びた、というかませていそうな少女だ。黒髪で、小柄。ハジメの義妹だ。

「わざわざ双眼鏡で見る必要がある?」

「こういうのは風情が優先じゃない?」

 売り言葉に買い言葉。あるいはああ言えばこう言う。こだわりがあるハジメに対して、リアリストなミコト。一見して水と油のようだが、実は仲は悪くない。むしろ、2人は婚約している。

 ミコトは拾われた子なので、義妹だが、なんやかんやあって義兄ハジメと婚約することになった。彼女は気難しい娘だが、ハジメには不思議と心を開いていたからだ。

「勝手にしなさい」

 だいたいこだわりの強いハジメに対し、ミコトが折れる展開が多い。

「おっ、2機目!」

 そうこうしている間に、シューベルハウト機関上空を飛んでいたガーディアンアーマーの2機目が落とされた。直撃で爆散している。

「3機目は、流石にしぶといけど」

 ハジメが実況してくれているおかげで、ミコトとしても状況は分かりやすい。上空の様子は機体のスコープカメラで見ていたが、実際のところ、双眼鏡で覗くとの変わらない精密度である。

「当てた、けど、上手い避け方されたな。多分不時着する。」

 レールガンだろう電磁弾がガーディアンアーマーの機体背面を掠めている。一時的な飛行能力の喪失で、高度を下げている。機関敷地内には落ちない。数キロ先の荒野に落ちるようだ。

「見に行く?」

「必要ないよ。僕らはここで待機のまま。」

 双眼鏡での観戦を終えると、彼は操縦席のシートに戻ってくる。彼はミコトを自然に膝乗せして、モニタータッチパネルで文字を打ち始めた。定期報告のためのメール文作成である。

「真面目ですこと」

「僕はミコトとずっと一緒に居られるから、この任務は好きだよ」

 彼女は巫女服のような法衣を着ている。ハジメはメール文を打つ途中で、彼女をバックハグして、髪の匂いをくんくん嗅いでいる。その際、彼女の身体を撫でていき、最後に頭を撫でている。

「バカ」

「落ち着くからね」

 5か6くらい年上の男性のいやらしい手つきに彼女は嫌がって身体を避けるようなことはしない。むしろ、さらに身体をくねらせ、擦り付けるように寄せている。

 婚約しているなんていうが、立派にオスとメスの関係だった。

 彼女の憎まれ口も慣れっこであり、恋愛関係のスパイスにしかなっていなかった。


                 *****


「だめだ、落ちる!」

 プラスは簡単な仕事だと思っていた十数分前の自分に歯噛みした。

 シューベルハウト機関のARMSは未完成の欠陥機。

 そのように聞いていた。だが、実際はどうだ。地対空攻撃で、僚機2機を落として見せてしまった。今も、プラスの乗機は損傷を受けて墜落している。

「くっ!!」

 操縦桿から手を離して、ショック態勢を取る。それで何とかなるとは思えないが、気休めにはなった。

 衝撃。視界の回転。衝撃の連続。

「げほっ」

 頭が回った。表現は端的に言って、そういうことになる。外傷はない。

 ガーディアンアーマーに脱出装置はない。球体の水晶のようなものがエルザール機関であり、コクピットだ。水晶から抜け出た時、プラスは荒野の外気を吸った。

 エルザール機関のコクピットの上下の感覚は一定だ。それ故、重力に従って落ちることは、人間が自由落下することと等しい。高空から落ちたプラスは衝撃よりも、恐怖体験でしばらく頭がパニックだった。

「生きてるかー!?」

 そばで車両の轟音が響くと思ったら、近くでエンジン音が小さくなる。

 エンジン音に紛れて、若い男の声が近づいてきた。プラスが声のする方に視線を向けると、視界の端に何者かが近づいてくるのが見えた。

 視界のぐるぐるさで、吐き気のする気持ちの悪さを感じている今、その人影が誰なのかは判別できない。

「フィア、そうやって1人で近づかないで!」

 若い女の声も聞こえる。機関の調査員がもう調べに来たのだろうか。

「損傷は、あのくらいか。これくらいなら力を入れれば戻るくらいのことはできるだろうな。」

 若い男、フィアという名の者が重要機密であるガーディアンアーマーの様子を見ている。機密とはいっても、プラスが厳密に守るべき機密ではない。このまま彼が帰還できなければ、機密も何もあったものではないだろう。

「ぐ、だ、れ、だ」

 とはいえ、人間的に制しなければならない気がして、プラスは声を発する。言葉にはならない。

「このガーディアンアーマー自体に興味はない。エルザール機関がそもそも不合理かつ型落ちだからな。」

 視界の端に人影しか映らない若い男が言ってくる。言っている意味が分からない。

 若い男の正体はフィア・レイフェルトで間違いない。相変わらず、リーシャは彼の奇行に振り回されている。彼の護衛というユウガは、彼が危険でないことに口を出さないし、手も出さない。

 フィアからすれば、ディアブロのガーディアンアーマーのエルザール機関は初期型であり、すでに10年前のシロモノであることも看破していた。

 RCCはエルザール機関とエクスドライブを合わせたエメロード機関を完成し、導入してしまっているし、統一機構はエルザール機関を次世代エネルギーとして見なさず、新規魔力機関の導入してしまっている。

 ガーディアンアーマーを次世代兵器として喧伝しているディーゴ・アブロクスを無視して当然だったのである。

 そして、フィアは自身でエルザール機関を活性化させる力を持つ。薬や点滴で人間の治癒能力を活性化させるのと同様に、外部からの活性化要因で一時的に機関パワーを上げる。

「まったくエルザール酔いを起こすような欠陥機関で何を豪語してるのやら。君、そろそろ起きられるか?」

 フィアから見てもガーディアンアーマーはオモチャのような出来だった。エルザール機関の質を高めて、逆にパイロット適正を絞って機体スペックを引き上げているARMSのほうがよほど革新的に見えていた。

 ともあれARMSとガーディアンアーマーでは使い方が違う。仕方ないことである。

 純粋な兵器として扱うものと、対インプラント戦術兵器では違って当然であろう。

「うう」

 プラスは自分が陥ったことに対する原因が墜落したことだと思っていたが、どうやらシステム的な欠陥があるらしい。彼は傭兵である。雇い主が全面的に信用しているわけではない。

「俺を助けて、何の益がある?」

「誰かを助ける時に理由ぐへぇあ!」

「ちゃんと理由を作りなさい! 誰も信用しないでしょ、そんなこと!」

 視界は相変わらず気持ち悪いが、会話はできる。ただ、フィアが言い終わらない内に、女がツッコミに入った。

 理由なき助力はやましい何かがある。それを覆い隠すような人間は信用してはならない。とは思うものの、プラスは金で何もかも守れという雇い主のほうが疑わしいと思っている。フィアのような人物の方が正直には聞こえる。たとえ女の言うことが正論だとしてもだ。

「ディアブロのアジトが知りたいです」

「お前は何者だ」

 本当に正直に言ってきたフィアに対し、至極当然のことを聞く。

 ディアブロは、犯罪組織である。その情報を知ろうとする人間なんてロクでもないことは普通分かる。素性を聞くに決まっている。

「世界統一機構総帥さ」

 特に気にすることもなく名乗った彼は、再び女に殴られた。


                  *****


 指令室に報告しにやってきた少女は、少女というより大人の女性に見えた。多分早熟系の人種なのだろう。金髪にはウェーブがかかって美しく、胸と尻は大きく、腹はほっそり、白い肌はツヤツヤである。見た目は清楚な風香とは正反対の派手な子である。多分、昨日の行動で見ている。

「アルフレッドと言ったな」

 急に入ってきた狙撃のスポッターに彼女は攻撃的な態度を見せない。こんなところも正反対である。丁寧な態度をする彼女に対し、礼を失してはならないと思い、アルフレッドは立ち上がる。

「私と結婚しないか?」

 唐突に、プロポーズをされた。意図が分からず、自分に言われたことではないように思って後ろを振り返るが、当然そこに誰もいない。

「は?」

 彼は女性に向き直って、改めて聞き直す。

「結婚しよう」

 どう聞いても、プロポーズが返ってくる。

「ちょ、ちょっと待って!」

 思いがけないことを言われ、手で制止する。

 アルフレッドは、女性と付き合ったことはない。恋愛をしたことがない。一応そこそこの顔なので、学生時代に年下に告白されたことはある。ただ、好きですと言われても、妹に言われることとそう変わらなくて断ってきた。

 彼に戦技を教えた教官たちは、恋愛に関して持論をもっていた。

『恋に落ちることは何度だっていいんだ。その時、胸がいっぱいになったら、それが恋なんだよ。』

『お前、新曲聞くたびにそう思ってるだろ。信用するな、こいつの恋愛のこと。なんたって、若作りした年上のやべー女を同世代と勘違いしたアホポンだ。』

 何もかもが参考にならない会話を思い出して、眉間を指でつまんだ。

「ルーファス、そういうのは付き合うところから始めてみたら?」

 リンダが助け舟を出してくる。本来はアルフレッドが言うべきことだ。リンダが、いきなりプロポーズを始めたルーファスに気が気でなくなったことを、古代だけが知っている。

「それだと意味がない。風香が嫌っているなら、私がモノにしておくべきだろう?」

 そう言い始めたから、アルフレッドはようやく冷静になれた。つまり、目の前にいるルーファスは派閥争いのために婚約を申し出てきたのだ。なんとも正直な、また計算高い話であろうか。

 ただおかげさまで、風香とルーファスが対立していることは分かった。

「そういうことなら諦めてくれ。あやうく、自分がここに来た目的を忘れるところだった。」

「なぜだ? お前のしたいことをさせてやる」

 アルフレッドは頭が冷えて、断りを入れると、目の前の彼女は歩み寄って言ってきた。どこで覚えているのか、あるいは自分の武器を自覚しているのか、彼女はアルフレッドの眼前まで迫ってきて、豊満な胸を押し付けてくると共に、服の中の谷間を見せつけてくる。

「悪いね。そういうハニトラもお断りなんだ。」

 彼女の両腕を服の上から触りながら、優しくゆっくりと離す。彼なりに配慮した紳士の振る舞いなのだろう。

 アルフレッドは半ば逃走するべく、その場を離れた。色仕掛けまでして見せたルーファスからすれば馬鹿にされた感じではある。彼女は嘆息した。

「一筋縄ではいかんか」

 と、あきらめていない様子だった。

 


 

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