アルフレート・ミナセ

 アルフレッドが機関へとやってきて2週間があっという間に過ぎ去った。その間にインプラントは3匹ほど出現したが、全て難なく撃破に至った。

 面白くないのはARMSのシートを奪われた風香の方である。着々と成果を上げるアルフレッドに対し、彼女の今までの威勢は着実に減退した。

 特に風香のアンチ的立ち場であるルーファスがアルフレッドに好意的なのが風香の状況を好転させなかったことが障害になってしまった。

 この機関内で、人気の差というのは正直だった。戦闘で活躍するかどうか、である。ルーファスが射撃けん制をし、アルフレッドが決着を着ける。この勝利の方程式が覆ることがなければ、評価は上がり続けるだけだった。

 アルフレッドが、半ばイカサマだが、剣術試合で風香に勝っていることも彼女にとって逆風だった。

 とはいえ、アルフレッドがここに来たのがインプラントと戦いに来ただけであるので、人気が逆転したかどうかなど、あまり関係がなかった。

 そんなわけで、彼が少女たちに心を開くかどうかなんていうのは、まったくありえない話だった。

『仲良くしてあげればいいじゃん』

 定期連絡の相手であるハジメが他人事に言ってくる。それが勝手な話であることも含めて、アルフレッドは素で言う。

「なんで?」

 アルフレッドの目的は機関の少女たちが戦うよりも、自分が戦ったほうがいいと思ってやってきている。純粋な自己犠牲心からであり、それでモテようとか微塵にも思っていない。

『青春しようぜ!』

「インプラントを解決してからそうさせてもらうさ」

 アルフレッドの答えは素っ気ない。ハジメの言い分が他人事であることもさることながら、ここでの人間関係について考えていないためだ。

『君の心変わりを誘発しよう』

 ハジメが妙なことを言い出した。幼なじみの年上の友達とはいえ、前々からファンキーな人とは思っていた。

『御崎風香ちゃん、君に敵意を持つ。それは君が理解を見せないからであって、ちゃんと話し合ったり態度を見せて理解を得られれば、彼女も分かってくれるのでは?』

「彼女のような人がまず戦わされている状況を何とかするために僕が来てるんだが」

 アルフレッドとしては風香は犠牲者だと思っている。シューベルハウト機関自体が国家を超越した組織だ。彼の考えからして、組織というのも無理がある。この機関のコミュニティは、戦うために作り出されたものではなく、可能なことを何とかできているだけだ。

『ルーファス・リェンシェン。君に親密だ。サポートも優秀。キープするなら彼女だよな?』

「口が過ぎる。彼女は対抗心から僕の側に付きたい人だ。それをキープとか、彼女の思うツボだろう。」

 ため息をついて、アルフレッドはハジメへ注意する。あからさまなハニートラップに引っ掛かることはない。

『リンダ・シューベルハウト。あの子、昔一度来た子だろう? 君のヒーローごっこに巻き込まれた、1人。』

「いつの話なんだ。覚えてない。彼女は僕を覚えてるらしいけど。」

 アルフレッドは一切覚えてないが、ハジメは覚えているらしい。アルフレッドとしては、フィアのほうがよぼど朧げに覚えている。

『ヒロイン3人いるし、誰かルート確定しよう!?』

「まるで意味が分からん」

 愚にもつかない世間話の終わりが見えず、定期連絡というより、夜の暇つぶし通話と化している。アルフレッドは辟易して、強引に話題を持ち出す。

「それより、ディアブロの動きに何かないのか?」

 インプラントよりも人間の動きが怪しい。なんとも本末転倒な話だが、ディアブロという組織が、現在表立って活動しているからである。

 上役である世界統一機構がなりを潜めて、ディアブロが活動しているのは、統一機構内でのパワーバランスが変わったとの見方もある。

『一応隠密はしているけど、戦力を集めているらしい。がレイヴンに毛が生えた連中が調子乗ってるって言ってたな。』

「おじさんらしいけど」

 おじさんというのは、父の数少ない友人である。アルフレッドにとっても、尊敬できる大人の一人である。

『エルレーンは友人だが、彼の言うことを信用してはいけないぞ』

『トモダチっていうほどじゃないけど、エルレーンは信用しちゃいけない部類だ。なんせ、人を騙すのに自分だけ知る真実を覆い隠そうとせず、天然で嘘をつくサイコ野郎だ。』

 今更、父とおじさんのエルレーン評を思い出して、眉間に皺を寄せる。機関にやってきたのもエルレーンのお願いが起因していることも一つにある。

『ディアブロが機関に攻め寄せたとして、RCCが対応できるまでの時間は1時間だ』

 ハジメが条件を付与してくる。時間の根拠は突っ込まないが、微妙な時間である。機関の敷地は広い。制圧戦力が如何ほどか分からないが、ガーディアンアーマーと歩兵部隊の二手同時攻撃だと、対人戦闘の訓練を受けていない少女たちには荷が重すぎる。

 虐殺、暴行。いやな想像がついて回る。ディアブロはガーディアンアーマーよりもパワーがあり、インプラントに有利を取れるエルザール機関を持つシューベルハウト機関を手に入れたがっている。

 ディーゴが、機関の買い上げに金を吊り上げはするものの、機関内の人員は除くと条件を付けてきたのが何よりの証拠である。女の子なら、価値は付くから売り飛ばしてしまえ、と。それを言うなら、少女たちも含めて買い上げればいいものを、そう言わないあたり、本当に機関を買い上げるつもりはないのだろう。

「なんとか1時間持ちこたえる。彼女たちの脱出ルート確保を頼む。」

 初めから奪う気でいるディアブロに油断はない。ここにいる人々の盾となるつもりだったアルフレッドにとって、悪党に対してならば罪悪感はない。人間を殺すかもしれない恐れはない。

『君の決意には頭が下がる思いだけどね。そこまでのところかな?』

 ハジメからの問いは、クールだ。アルフレッドの仕事やその義務感には感心するが、命まで懸けるのは論理的ではない。

「僕はそういうヒーローになりたかったんだ」

『そうだな』

 アルフレッドの答えに、ハジメは諦観の口調だった。アルフレッドのヒーロー観とは、ありきたりなヒーローごっこの延長線ではない。英雄願望や単なる自己犠牲心からの考えでもない。

 弱きものの盾となり、牙となる。彼の教官からの教えを実践するなら、そういうことになった。嫌がりもせず、理想を実現するために邁進する。ヒーローにならなければいけない、と思想を植え付けたことは否定しない。

『君自身の命には替えが無いんだから、無茶はするなよ?』

「努力はする」

『分かってないな。とにかく、自分が逃げるチャンスだけはちゃんと考えること。以上。』

 そう言って、ハジメからの連絡が切れた。最後は説教じみていたが、彼なりのアルフレッドへの気遣いである。ただ、アルフレッドにその気遣いは届いていない。

「僕は、いつだって誰かのために戦いたいだけなんだ。それが、よくないことだと思うかな?」

 離れの小屋の中にはアルフレッドが1人いるのみである。問いをしても、別の誰かに届くわけもない。もし届くにしても、庭作業をしているクロノだろうが、今の時間は夜である。女子寮は消灯時間まで間がない。

「どこから気が付いて?」

 ひょっこりと、というにはアクロバティックに、天井から少女が逆さまに現れる。

「声を掛けて、出てこなければ気のせいだったことにするつもりだった」

「変なカマを掛けられたってわけ? 何なのよ、アンタ。」

 そう言って軽々と半回転しながら床に着地した少女は、ツインテールが特徴的だった。小柄ですました顔の美少女、だがスカートにジャージ服が色気の欠片もない。

「今の話を聞いていたんだろう? なら分かることもあるじゃないか?」

 アルフレッドは盗み聞きされたことをさほど問題視していない。

「そんな告げ口されても気にしない顔をしている人間の情報が売れるか!」

 彼女は多少は考えが及ぶ少女であったらしい。秘密の連絡を聞かれて、慌ててもいないアルフレッドの態度を逆に憤慨していた。

「エルレーンはもちろん、父のことを知る古代さんも俺のことを知っているのはおかしくないだろう」

 話が情報売買になっているが、気にすることではない。さきほどの話、聞かれて困ることではない。アルフレッドの弱みとなることは何もないし、ディアブロやディーゴが機関についてよからぬことを考えているのは彼女らもすでに知るところである。

「じゃあ、連絡先には僕なのに、今は俺なのは、何かあるのかな!?」

 彼女は諦めずに細かいことを突っ込んできた。ただ確かにそうである。

「カッコがつかないかなって」

 アルフレッドが普段と一人称を変えたのは、本当にそれが理由である。普段はおとなしい優等生なのが真実のアルフレッドである。それを俺という一人称にして、自分のしていることは普段とはちがうと、自分の中で変えるつもりでやっている。

「つまんない!」

 彼女は一方的に言って、名乗らずに出て行ってしまった。聞いたところで、どうというわけでもないが。

「明日、か」

 呟いて、アルフレッドは天井を仰ぎながら、仰向けになる。

 この機関にいたことはさほど長くない。1年もいればいい思い出になっただろうが、2週間程度ではあっという間だった。何も思い入れが無い状態で、盾になることなんてできようか。

「できるさ」

 1人で呟く。彼は眠りに入ると共に、とある思い出を思い出していた。


                 *****


「何になるんだ?」

「公務員」

 1歳年上で先輩だが、印象的な赤色の目の人物とはタメ口だ。中学からの馴染みであり、2つ年上のハジメと組み合わせて、大中小サギグループと言われたこともある。顔はいいが、コブ付きだったり、付き合う気がなかったり、女子へのサギだという理由からである。心外である。

 ・ミナセは回答した黒須村雨くろすむらさめが持つ真っ白な進路希望用紙から視線を上げ、村雨を見る。

 村雨は希望用紙に目を落とし続けている。

「迷ってるんじゃないか?」

「母さんは何も言わないだろうけど、安定職で楽させてあげたいし」

 アルフレートの質問に、親孝行な答えをする。村雨の家庭は片親だ。いつからか彼も知らない内にシングルマザーだという。

 アルフレートは彼の母親を一度見たことがある。その時はハジメも一緒だった。

『あんまり似ない親だな』

 ハジメがそういう感想を持ったのが印象的だった。ハジメは父親似だし、アルフレートは母親似だと言われる。

「ヒバナやミキはどうするの?」

「どうするのって、別にどうもしないんだが」

 村雨はため息をついている。

 藤川陽華ふじかわひばな藤川美樹ふじかわみき。村雨の同級生であり、彼に付き纏う女子である。どちらかといえばヤンキーっぽいギャルの2人で、アルフレートは彼女らと同じ屋根の下で共に住んでいる。てっきり、どちらかを彼女にするもんだと思っていたが、村雨の中では決めきれないか、その気はないらしい。そこまで、母親というものに固執しているのだろう。

「アルフレートが何になりたいかって、聞くまでもないしな」

「まぁね」

 アルフレートが何になりたいか。それは昔からヒーローだった。

 弱き者の盾であり、牙。昔のいつからそうなろうとしていたかは分からない。ただ、アルフレートの父、イクズスはヒーローとは何たるかをいつも語っていてくれた。

『力なきもの、思想なきものに、正義は宿らない。2つが備わり、初めてスタート地点に立てる。本当に守るべきものは何か? 答えはそれぞれにある。』

「まあ、答えはまだ見つかってないんだが」

「答え?」

「僕の中にある、守るべきもの、だ」


                  *****


 甲高くサイレンが鳴り響き、アルフレッドは跳び起きた。久しぶりの航空アラート音である。ルーファスと共に迎撃して以来、センサー領空ギリギリのラインで偵察していた。そうすることもなく、対空アラートを鳴り響かせているということは。

「来たな」

 昨夜話していた本格的な制圧行動。秘密結社ディアブロがやってきたと見た。

 眠い目をこすることなく、彼は小屋を出て、ファングのある格納庫へ走った。

『全校生徒に告げる。全校生徒に告げる。緊急。緊急。』

 けたたましく、機関中に放送が響く。この声は、クォーツ・オーウェン。

『年長のものは直ちに年少のものを連れ、プランCに合流せよ。繰り返す。年少を連れ、プランCに合流せよ。』

 避難指示が始まっている。敵も聞いているだろうから、どこに集まるのかは伏せられているのだろう。

 その直後に、耳鳴りのような音が一瞬する。アルフレッドが思考するよりも早く、敷地内に炎が立ち上る。

「焼夷弾とはアナクロな」

 建物を中心に撒かれた焼夷弾はあっと言う間に炎を立ち昇らせ、避難が遅れた建物内の女子らを焼き尽くす。そうなっては彼女らを守ることはできない。

 一刻も早く、ファングのある格納庫の直近の地下通路へと飛び降りた。



『君たちは最後通告を無視した。これは重大なペナルティである。罪のない女子供の死体が積み上がる前に賢明な判断を期待する。』

「一昨日来やがれ、バカ男」

 古代は、親指を下に向け、地獄に落ちろと手ぶりする。

『宣戦布告と受け取る。降伏したければ、貴様らの持つARMSを全て明け渡せ。こちらの兵がお前たちのガキ共に何をするか分からんぞ。』

 顔に皺のある男、ディーゴが物騒な言葉を並べているが、古代はそれに恐れたりしない。

「こちらも全力で相手するだけだ。アスカ君、全兵装オールフリーだ。」

「エルレーン」

「こちらはお前らが動くのを待ってたんだ。ここで私たちが負けたところで、お前らが滅ぶことには変わりない。」

 古代アスカの後ろから、エルレーン・シューベルハウトが現れる。普段は金髪の飄々とした男も、顔に険を強くしている。口調こそ挑発的でいつもと変わらないが、強い意志を感じられる。

『減らず口を。どうしようというのだ。』

「本当のバカかお前は。世界統一機構の下部組織ごときが、インプラントと戦う唯一という組織を襲撃して、ロボット犯罪対策としてRCCが動かないわけがないだろうが。」

 RCCの名前が出て、ディーゴはようやく気付いたように慌てる。

『衛星軌道上に鎮座している奴らが、そう簡単に動くわけが』

「ならそう思えばいい。お前らがこちらを手に入れようと時間をかけたが最後、手痛い介入をもらうと思え。」

『チィッ!!』

 ディーゴからの通信が舌打ちで途切れる。彼らとしても、RCCの介入は勝ち目がないということだろう。

「リンダ、君も逃げなさい」

 エルレーンはディーゴへの抵抗の意志をぶち上げると、リンダの隣のオペレーター席に座り、システムの立ち上げを始める。

 リンダはディーゴとの通信が始まる前から座っていたが、この襲撃に呆けてしまっていた。ほとんど戦争である。無理はない。

「父さま」

「クォーツが輸送機で待っている。皆を頼む。」

 エルレーンの真に血を分けた娘に優しく語り掛け、彼女に立ち上がる勇気を取り戻させる。

『指令室。どこでもいい。出してくれ!』

 タイミングのいいところにアルフレッドの声が響く。空襲が始まったが、どうやら無事にファングに乗り込めたようだ。

「30秒待ちたまえ。そのまま出す。」

「アルフレッド、いや、アルフレート。正門はクロノが持ちこたえる。それ以外は全て敵だ。脱出支援を頼む。」

『了解した。アルフレート・ミナセ。ファング、出るっ!!』

 だいたい30秒きっかり、ファングが格納庫の射出口から、カタパルトリフトで射出される。ほぼ敷地中心部からの出撃である。

「アルフレートを信じて、行きなさい」

 敷地内に眠っていた全ての対空砲、すべての火器を立ち上げながら、エルレーンはもう一度リンダに言った。彼女は頷いて、小走りに指令室を出て行った。

 RCCの参謀、イクズスの息子、アルフレート・ミナセをこの機関に入れ、アルフレッドというバレバレの偽名を名乗らせたり、素性を隠したのは、こういう時のためである。

 真に戦える者に余計な期待をかけさせず、必要な時の盾とする。都合のいいことだが、アルフレートはその意義に乗ってくれた。彼自身は、純粋に、ここでインプラントと戦う風香たちを気にかけてのことだったが、もはや結果オーライである。

「もはや、アスカ君も逃げていいのだがね」

「ちゃんと見届けますよ。アンタじゃなく、師匠の息子、アルフレートの雄姿をね。」

 古代アスカはイクズスを師匠と呼ぶ。別に何かを教えてもらったことはない。ただ、彼とは何かしら繋がりがあり、そして戦う意志が共通していた。生き方を尊敬していた。だから、師の息子であるアルフレートがアルフレッドとして戦う姿をずっと見守っていたのだ。

「それに、アンタだけじゃ、ここ逃げられないでしょ。俺がここにいるから、アンタはここに来たんだ。」

「お互い様ってことでよろしくぅ!」

「都合のいいのはどっちなんだか」

 戦闘力を持たないエルレーンがわざわざ出張って来たのは、指令室が逃げ道になるからだ。ならリンダを逃がすのは違うのではないかということだが、ここにいてもそれはそれで危険だという判断からだ。本来、アスカにエルレーンを守る義理は毛ほどにないのだが、アスカは人情家なのであった。お人好しとも言う。

「新たなガーディアンアーマー部隊検知! ファング、でかいのがいるぞ!」

 空襲部隊に対して対空兵器が機能する中、本命であろう主力部隊が到着しつつあった。その中の1機はガーディアンアーマーというにはかなり巨大な機体だった。

 赤黒い機体から放たれた、大出力ビーム砲は、機関の敷地を容易に薙ぎ払った。

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