異界からの歪み

 クロノソルジャーと共に戻ってきたアルフレッドは、1対1の対面式の部屋に通された。ほぼ警察の取調室のような窓のない机と椅子が二つ、そして意味深に見つめる監視カメラが一つある部屋である。

 尋問室。そう言った方が早いだろう。

 対面するのは古代アスカ。このシューベルハウト機関の戦闘指揮官だ。

 なぜこんなことになっているかといえば、敷地に戻ってきたクロノソルジャーは馬鹿正直に正門から戻ろうとしたのだ。古代アスカもまた、正門に仁王立ちしていたので、アルフレッドは逃げようがなかった。

 アルフレッドが考え事をしていたとはいえ、クロノソルジャーに何も指示をしなかったのが、そもそもの大間違いだった。クロノソルジャーがあくまで機関側であることを思い知らされた。

「何をしていたのかはクロノから報告は受けている。この場で、何か知れたことは言えるか?」

 古代の口から出た言葉はアルフレッドを責めるものではなかった。確かに、クロノに聞けばどのような経緯で外に出たのかは分かるだろう。こうして部屋に監禁されているのも、形式的な尋問に過ぎないのかもしれない。

「いや、何も分からなかった」

 嘘に聞こえるかもしれないが、アルフレッドは正直に答えた。彼の表情もまた、悪いというわけではない。むしろ、初歩的なミスで堂々と帰ってきてしまったことによる、【悪手打ってしまった】という気恥ずかしさから来る俯きにある。

「だろうな」

 古代の中で、どこまで情報を開示されているかはアルフレッドには分からない。ただ、単純に調べても何も出てこないことは彼も知っていることだけは分かった。

「インプラントのことを調べたかったのなら、俺たちに聞いてほしかったものだが。」

「普通、聞いても教えてくれないでしょう?」

「それはそう。俺が君の立場でもそう思う。ただ、他の子たちならともかく、俺は別に機密情報だのなんだのと緘口令を君に対して命じられているわけでもない。」

「は?」

 古代からの答えはあっさりとしたものだった。それだけでなく、聞かれれば答えると言っているようなものだ。

 当然だが、現在における地球においてインプラントの情報はあまりにも少ない。よく知られているのは被害と規模ぐらいなものだ。アルフレッドはインプラントについて、エルザール兵器で倒せる程度までの情報までしか持っていない。

 だというのに、聞かれれば教えるとはどうしたことであろうか。

 アルフレッドは驚き交じりに顔を上げた。古代は苦笑している。

「断りなく敷地の外に出たことに対する懲罰はさせてもらうけどな。知りたいなら、分かる範囲で教えてやろう。」

「教えられるなら、なんで情報がこんなにも下りてきていないんですか?」

「黙ってるやつ、数字にならないから差し止めるやつ、いるんだ、どこにでも。一応聞きたいと申し出てくる自称ライターやメディアはいるが、その情報発信がバズってるのを見たことはない。面白くない真実は、情報の中に埋もれる。ただそれだけの話さ。」

 古代はため息をついている。怪しげなメディア記事、カルトホラー記事など、その中に真っ当な真実があったのだろうか。

「まずインプラントとは、から始めるか」

 彼が語り出したことは突拍子もない、情報の羅列だった。彼らとて分かっていないのか、エルレーン・シューベルハウトはそれよりも精度の高い情報を持っているのか。

 ともあれ、インプラントとは、唐突に姿を現し、多大な被害と爪痕を引き起こしたことから名づけられた。

 それがどこから来て、どこに現れるのか法則性があるのかは分かっていない。人里近くに現れるから、多数の犠牲が出てしまっている。前述の通り、インプラントに対して通常兵器は効果が薄く、エルザール兵器が効果有と認められる。

 エルザールの出力でバリアフィールドを作り、インプラントのバリアを無効化させることも戦術として有効であることも確認された。

 インプラントの構成物質は塩。どのような機関でもって動いているのかは分からない。なにより倒すと消えてしまうから、解剖しようがない。元からこの世界になかった【なにか】がインプラントとして現れているという推測になっている。

 彼らの目的は不明だ。出現すると移動することなく、その場に留まり、動くものを殺しつくすまでいなくならない。それ故、大量破壊兵器で当初消滅していたのは、そこに生きるものがいなくなったからに他ならない。

 インプラントはシェルターで隠れるものも殺しに行く。効率的かつ執拗な殺人の化け物。この化け物に対して有効な対抗手段を持つ組織は3つあった。

 1つ目は世界統一機構。大陸間移動要塞艦アトラスを持つ公然の秘密結社。世界各国の要人と繋がりがあるとされるが、表立った動きは未だない。

 2つ目はRCC。ロボット犯罪対策組織。世界統一機構へのけん制によって生まれた組織であり、国際連合に属する世界機関である。地球衛星軌道上に宇宙要塞を構え始め、統一機構よりも脅威の存在になり始めてしまった。要請無くして出動もできないため、インプラントに対する積極的な出動が現在においても少ない。

 3つ目こそが、シューベルハウト機関である。新興のインプラント対策組織であり、戦闘行動可能な機動兵器を持つ。国家間のしがらみなく活動できることから、対抗策としての期待がされている。

 ただシューベルハウト機関としても、インプラントには対抗が可能なレベルに過ぎない。彼らの有するエルザール兵器はパイロットを選び、その上で戦闘可能なパイロットも絞られてしまっている。非常に安定してインプラントを撃破できたのは昨日が初めてだという。

 遺憾ながらエルザール兵器の専門がRCCにあり、発展途上の分野であるからだろう。相討ち同然にインプラントを倒すこともこれまで少なくなかった。機関の戦闘員となるのが女の子ばかりなのは、機関がこれまで保護してきたのはインプラント出現後の孤児が大勢だからだった。必然的に前向きな肉体労働可能な男子が引き取られ、女子ばかりが残された。たったそれだけの理由だった。

「場当たり的にインプラントを倒すしかない。そういうことだったのだが、実は最近、風当たりが変わってきた。」

 長い話を聞かせて、古代は新たな情報を開示した。

「ここを買い取りたいという奴が現れたんだ」

「誰です?」

「ディーゴ・アブロクス。実業家と名乗っているが、その実」

 古代が言いかけている途中で、部屋のドアが乱暴に開け放たれた。カギが閉まってなかったことに、アルフレッドは呆れる。

 ともあれドアを開いたのは少女である。周りに引き連れているなと分かる程度に取り巻きがいた。

 彼女は講堂で一番前の席にいた女の子だった。今朝見たフィアが連れていた美女とは比べるべくもないが、美少女には違いない。黙っていれば和風の美少女で通っていただろう。その女の子は、誰が見ても怒っていた。

「どういうことです、古代先生! 買い取りたいとは!?」

「そういう変な奴が現れたって話なんだが、そこまでいきり立つことか?」

「当然です! その男の処遇も含めて、私には納得がいきません!」

 面と向かって彼女は指揮官に抗弁する。アルフレッドに指も差している。彼の存在も彼女にとっては許されることではないようだ。

 彼女からすれば、役割を奪う悪であろうか。インプラントに対抗しうる正パイロットの1人として戦ってきたのは、彼女、御崎風香みさきふうかだという。取り巻きは彼女に便乗しているだけだろうが、頷いている。

「懲罰もどのようにお考えなのですか!?」

「ルシカさんの手伝いかな。毎日大変だし。」

「清掃が懲罰なんて、考えられません! どうして彼を贔屓するんです!?」

「清掃だけじゃないんだけどな。スーパーメイドさんとはいえ、料理も洗濯もあの人がしてくれるし。」

「そういう問題ではありません!」

 どうにも彼女の言い分は感情的である。間に挟まれて言い争いをされるアルフレッドにはいい迷惑であった。とはいえ、耳を塞ぐわけにもいかない。事は、アルフレッドの存在から起こっている問題である。彼女が不満を唱えたとしても、アルフレッドはファングのパイロットを降りるつもりはなかった。

「こちらの成果は見せている。だから、君が納得できないことで勝負する。それで決着といかないか?」

 アルフレッドの処遇について彼女が納得できないのならば解決策を導き出すしかない。それで完全に納得するとは思えないが、ずっとごちゃごちゃ言われるよりはマシだ。

「勝負? 勝負と言いましたね!?」

「自由に指定してくれ」

 アルフレッド自身も大きく出てしまったことは失敗だったが、この時点で大言壮語だったのは身から出た錆であった。有体に言えば、軽く考えすぎだったというところか。

「では剣術で勝負ですね」

「分かった」

 アルフレッドは返事したものの、実は剣術には苦手意識があった。



 アルフレッドに苦手なものはいくつかある。

 例えば、昔から女性が苦手だ。生まれ育った場所で年上が多かったこともある。特に、年上女性が苦手である。高校時代、気が休まるのは先輩の友達だったり、『おじさん』との他愛のない世間話だった。

 食べ物では辛いものが苦手だ。父が苦手な食べ物として上げている。母の手料理であまり出たことのないメニューである。

 そして意外にも運動は苦手である。運動音痴ではないが、身体を動かすことに対して不得手なところはある。体力トレーニングや筋力トレーニングは一通りしているが、身体の動かし方が不器用なのだろうと思っている。

 そこから派生して剣術は性に合わないと思っている。彼の思考として、『近接戦するくらいなら中距離・遠距離で制圧するべきでは?』と正論が渦巻いているからだ。ロマンや風情がないというより、効率的かつ理屈っぽいところがある。

 ただその根底にあるのが、父親の得意戦術に対する対抗心があるのは否定しなかった。

 さて、風香の挑戦を受けたアルフレッドは畳張りの道場に連れてこられた。彼女から渡されたのは木刀。プラスチック製の竹刀もあるというのに。彼女も木刀を持ち、1メートルちょっとの距離を取って彼に対し構えを取る。スタンダードな正対の構えである。

 本気の剣術勝負である。木刀で打ちに行けば、軽傷だけでは済まない。そういう、アルフレッドの手加減の値踏みも狙っているのだろう。卑怯だが、いやらしい計算高さというか小細工を考えるくらいには普通の少女と見るべきだろう。

「ルールは一本を取ればいいのか?」

 アルフレッドはルールを確認する。彼が構えを取らずに正対すると、彼女の後ろの見届け人たる取り巻きたちの姿も見える。彼女らもアルフレッドに対し、敵意がある。風香の勝利は揺るがないし、この際だからボコボコにされてしまえ、という雰囲気すら感じられる。

「そうね。戦闘続行不可能にすればいい。」

 怪我して泣いて謝るまでやめないとでも?、とアルフレッドはため息を吐くが、声には出さない。

「見ててやるから一本取ったら、やめとけ」

 試合についてきた古代が代わりにルールを確定させる。風香はアルフレッドを怪我させるつもりだったために、古代の物言いで鼻を鳴らした。

「俺が戦闘訓練をやらないのは、俺が苦手だから、とはみんなに前から言ってるよな。そういうのは誰しもある。だからといって、弱い強いがあるわけではない。相手を観察して戦い方を選べ、とな。」

 古代は呆れながら言っている。指揮官として、教官として教えるべき基本は押さえているようだ。ただ、その教えを彼女らがどこまで押さえているかは分からない。

「剣術か」

 アルフレッドは呟く。依然として構えは取らない。彼の記憶の中から、剣術というものを思い出す。しかし、あまりにも参考にならない。

 アルフレッドの父は剣術というにはかけ離れたものを使う。多分それは古代も知っているだろう。

「古代教官は、鍛え続けたら剣の波動が飛んだとか信じますか?」

「クソヤバい。でもやりかねない。元々やる人だったよ。師しょ、いや、あの人はロマン全振りだから。」

 古代は明らかにアルフレッドの父がどんな人物か分かっている。【師匠】などと、普通は言いかけるものか。

「まだ、来ないのか?」

 号令がなければ戦えないか。そんな挑発を込めて、アルフレッドは言う。古代と無駄話に興じていたのもある。彼女は本当に真面目な性格なのだろうと思う。

 話している間に襲い掛かってくることもできたはずだ。それをしないのは、真正面からの撃破に拘っていることに他ならない。アルフレッドを叩きのめしたいが、1対1の勝負だからそのルールに則る。彼女の矜持なのだろう。

 本来、バカにするべきではない。

「バカにするな!」

 烈帛の気合で言って、彼女はすり足で距離を詰めてきた。彼女の狙いの選択肢は豊富だ。ただ胴だけは狙いにくい。しかし、怪我をさせる気なら頭だろうが肩だろうが関係ないだろう。

 木刀が最速、最短で剣先を差し込んでくる。なるほど、彼女の剣術に自信ありというのは本当だろう。最短での面打ちは、通常では反応し切れない。

 ただアルフレッドは、手を狙われず、ホッとしていた。それと同時に、右手で持っていた木刀で、彼女の木刀を1回で払ってしまった。

 剣先を逸らされた彼女は、つんのめって、一瞬驚きの顔をしている。彼女が逸らされた剣を引き戻そうとする間に、アルフレッドはできるだけ木刀の平で、彼女の手を叩いた。ルール上、有効打にならないが、アルフレッドはそんなことを拘らない。

「っ!」

 たとえ平面で叩かれたとしても、痛みとして柄の握りが甘くなることもある。実際に彼女は集中力を欠き、剣先を落とした。

 ここぞとばかりにアルフレッドは彼女への距離を詰める。そして、木刀を落とす。

 木刀が落ちた音の後に、さらに乾いた音が響いた。アルフレッドが風香の頬に平手打ち。ただのビンタである。

「母は言っていた。女の子にナメられたら、普通にビンタしていけ、と。」

 アルフレッドは語る。なんともストレートな教育だが、理由なく女の子に手を上げるなと言わないだけ理解があると言えばいいか。

「剣術で勝負してないけど、勝ちは勝ちか」

 古代の目線からしても、アルフレッドの勝利と判断した。アルフレッドの左手は、木刀を押さえている。その力に彼女は抗えない。

「こんなの勝負とは言えない! もう1回よ!」

 彼女は当然抗弁する。顔が近いのもお構い無しだ。

 よし、もう1回だ。とアルフレッドは心に決め、手を上げようとした時、警報が鳴り響いた。

 インプラントの警報ではない別の警報音である。

「航空管制警報?」

 古代が呟き、通信端末に何処かダイヤルする。

「追跡続行してくれ」

 端末で報告を聞いた古代は、短く答えて連絡を打ち切る。そして、道場に集まる者たちに言う。

「警報は聞いたな? 解散だ解散。戦闘待機だ。」

「くっ」

 取り巻きたちはそそくさと、風香はアルフレッドを睨みつけてから、木刀を持って道場を出ていく。

「まったく」

 アルフレッドは落とした木刀を拾い上げる。

「ちょうどいい。懲罰代わりにちょっと来い。」

「え?」

 風香たちは納得しないだろうが、勝負はやってやった。それでアルフレッド自身を納得させると、古代はあやふやな懲罰の件で提案をしてきた。


                *****


『目標地点、警戒網侵入』

「了解」

 僚機の報告にプラスは返信を送る。がっしりとした男性の体格で、機械的な視界処理を含むゴーグルを付けたパイロット。それが彼だった。

 彼が乗るのは新機軸のエルザール機動兵器、ガーディアンアーマーである。戦闘機並みに空を飛びながらも、手足がついて運動性もある機動兵器である。

 彼自身は傭兵であるが、彼を雇う組織ディアブロは傭兵を新型の機動兵器に乗せる。信用があるのはいいが、体よくモルモットにされていないかと思うこともある。

(試験飛行と偵察が仕事だ。楽なもんだ。)

 そのように思うことにしていた。僚機のパイロット2人はどうか知らないが。

 現在、彼が飛んでいるのは荒野の中にぽつんと広がるシューベルハウト機関という建物群の敷地上空である。

 プラスのほかに何度か上空を飛び、機関の警戒網の中に入ったことがこれまでにある。雇い主が何を考えて、そんな挑発を繰り返しているかは分からない。

(オーダーは、偵察と敷地撮影だ。そこそこやって帰ればいい。)

 彼は軽く考え、義理を果たせばいいと思っていた。

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