フィア・レイフェルト
鳴り物入りでシューベルハウト機関へやってきた少年、アルフレッド。
その鮮烈デビューは為った。今まで戦ってきた少女たちを凌駕するチカラでもってインプラントを打倒した。
その結果は、アルフレッドにとって、また少女たちにとって、どのようなことになるのかはいくつか考えられる。
1号機ファングが機関の地下基地へ収容され、アルフレッドがバレルと呼ばれる操縦室を脱すると、出迎えたのは古代アスカだった。
「大活躍だったな」
軽く拍手をする青年に、アルフレッドは照れることなく、かといって偉そうにするわけでもなかった。無反応。無愛想。興味を引かれることは無いようだ。
「どーも」
体力的にも疲れた様子はないアルフレッドは、アスカの横を通り過ぎながら、声だけ発していく。
「5番ゲートから上がれ。正直に出ると、出待ちを受ける。」
コミュニケーションをしてこない少年に対して、アスカは続けて言う。まるで彼のことを見透かしているかのように、口調は穏やかであった。
「了解」
自分の知らない情報を持つが、それを明かさない。かといってアルフレッドは興味を持たないフリをするものの、親身にしてくるアスカに対して、本来は思う所があった。あえて突っ込むことはせず、彼の言う通りにするべく返事だけはする。
そうして出て行ったゲートの外には、機関敷地内の離れの小屋が見えた。
『帰って来たか』
声を発して出迎えたのは、クロノ。
名称、クロノ・ソルジャー。蒼黒のエクスドライブマシンである。
『戦いぶりは聞いたぜ。だいぶやるようじゃねぇか。』
少年とも青年とも聞こえる声色と、ロボットの姿にアルフレッドは驚きもしない。彼に1号機までの搭乗ルートへぶっこまれた時は流石に驚いたが。
『だんまりか。まあいい。おめーの部屋はその小屋だ。庭の倉庫だったんだがよ。ルシカの姐さんが掃除して寝泊まりできるようにはなってるぜ。』
何も言わないアルフレッドに、ロボットは勝手に言葉を続けた。妙にアルフレッドへ親しげだが、彼は感謝の言葉を口にしない。物憂げに、小屋へと入っていく。
小屋は使い古した土間と居間の一体型である。居室という居室は無い。どちらかといえば古臭さしかない和室である。隅に、アルフレッドが持って来た荷物のボストンバッグが寂しく置かれている。
彼は、ボストンバッグを開き、寝間着や下着の中から黒い円柱のようなものを取り出す。電源を入れると緑のランプが点いて、アイドリング状態となる。その上で、服のポケットから出した通信端末でダイヤルを入れて電話する。
『やー、やー、よーく聞こえるぞ』
「これで傍受されないのか?」
『まー、聞かれたとしても問題なくない?』
「そういう問題でもないような」
電話の相手はアルフレッドが良く知る人物だ。少々気の抜けた態度をしている。ただ、アルフレッドもようやく張り詰めた気を柔らかくして、本来の態度で会話ができる相手でもある。
『早速出撃できたみたいだな。その調子でよろしく。』
「思ったよりも集中力がいるよ」
『真面目な礼儀正しい優等生少年には、無口キャラは辛いなぁ。とてもまねできない。』
「今からでも代わってくれ」
『御冗談を。僕の方がボロが出るし、何より相棒が許してくれない。』
「はいはい、そーですね」
アルフレッドはため息を吐く。彼は本来、無口だったり無愛想だったりするわけではない。このシューベルハウト機関で為すべきことのために、押し殺す自分がある。ただそれは、電話口の相手からすると不器用としか感じていない。
『とりま潜入中はちゃんと見守ってあげるよ。よろしく、アルフレッド』
「以上。ダブルワン交信終了。」
彼はもう一度ため息をついて、通信を切った。和室の畳に寝転がる。
コードナンバー
「不安だ」
自分に課せられた任務も、任務内容も、そのために偽るべき自分も、何もかもが今の彼にとっては不安材料でしかなかった。
皆が寝静まる時間、いわゆる未明。小屋を出るアルフレッドがいる。
『何をしに行くつもりだ?』
すぐさま声をかけられ、アルフレッドの気が沈む。とはいえ、即バレするなら態度だけは示さなければならない。
「調べに行くのさ」
『なるほどな。まあ、分かってると思うが俺はお前の監視役だ。エルレーンから言われてるなら、やなこったと言えるんだが、アスカさんの頼みなら仕方ねぇ。』
ロボットらしからぬ胡坐を掻いてる。エクスドライブを持つロボットは人格コピーを受けていたとしてもロボットの倫理感覚であって、ヒトのような言葉を発するわけではないはずなのだが。
『一緒に行ってやる。監視ってのは目を離すなってことだからな。』
「そうだったかなぁ」
変な解釈をするものである。アルフレッドとしては適当なアシを確保できたことに他ならない。釈然としないものはあるが、黒いロボットのおかげで用意に敷地から出られる。
『乗れ』
そう言ってクロノが変形したのは黒塗りの車である。この世界にあるエクスドライブマシンも、車に変形するロボットだった。それと似通っているのだろうか。
車のドアを開けると、ハンドルはないが一般車両の運転手シートのようなものはある。サイドブレーキやクラッチ、エンジンレバーも無い。本当にシートがあるだけだ。
『目的地は?』
「俺がインプラントを迎撃した場所に」
『気が済むようにしたらいいさ』
シートベルトもない車が急加速して発進する。協力はしてくれるようだが、『彼』の言葉は手がかりがないことを示していた。
ただそうでなくても、彼はその【何もないこと】を確認しにいくのだ。
クロノソルジャーの協力の元、アルフレッドが屋敷の敷地を出たことを見ていた者が一人いた。長身で金髪の女性だ。ノースリーブのインナーにジャケットを羽織っただけの女。タッパはあるが、彼女はそれで10代の少女にすぎない。
ルーファスという名の少女は走り去るクロノソルジャーの車両を見送り、女子寮のテラスを去った。
彼女は昨日来た少年が黙って出て行ったことを誰かに告げ口する気はなかった。誰にも言わず過ごすことにした。
黒い車両が目的地に着いた時、バイクが一両あった。ファングで迎撃した時には気にならなかったが、戦った場所の周辺には廃墟があった。クロノソルジャーの車はその廃墟の側に駐車させた、というか待機させた。
アルフレッドの他にやって来ている謎の人物に、彼は警戒心を抱く。出た時は未明だった時間は日の出時刻になっている。空気は未だひんやりしており、決して暖かくはない。
彼が息を呑みながら人気のない廃墟の周囲を見回しながら進むと、外套を着て廃墟の壁を丹念に調べる者がいるのを見つけた。発掘作業のように壁を少しずつ削っている。
「僕は怪しい者じゃない。何か残っているか調べている者だ。」
思ったよりもフレンドリーに調査していた者は言いながら振り返ってくる。輝くぐらい金髪の少年か青年の男だ。ニコニコしており、邪悪さは感じられない。ただ怪しいという雰囲気はぬぐえない。シューベルハウト機関のエルレーンも金髪で怪しい男だが、この目の前にいる男のほうは掴めない感覚がして身構えてしまう。
「あれ、君は」
男はアルフレッドを見て、目をぱちくりさせた。どこかで会っているのだろうか。アルフレッドのほうはまったくピンと来ない。
「そうか。君があの子たちを助けてくれるのか。」
彼は勝手に納得して、微笑む。
「僕はフィア・レイフェルト。忘れてしまったかい?」
名を名乗られて、アルフレッドは記憶の奥底まで名を探る。ずっと昔、10年以上前に一度だけ会った少年のことを思い出す。父と共に連れられ、出会い、遊んだ少年と彼の姿を一致させる。
「本当に?」
「そうだとも」
顔つきの感じは全く一緒だ。ニコニコとしていて純朴そうな少年が、そのまま青年になっている。結構端正な容貌で、女性に人気そうだ。
「インプラントの脅威は僕も感じている。僕なりになんとかしてみようと、動いているんだ。ただ僕が動くと、皆心配してしまってね。」
彼がそう言うと、暗がりから美女が現れる。黒髪でロングヘア、外套からでも膨らみが分かる巨乳の美女だ。キツめの視線でアルフレッドを睨んでいる。
そして後ろからも気配が現れる。黒い外套に身を包んだ、初老の男だ。こちらは覚えがある。アルフレッドが昔フィアに出会った時、この男に護衛されていた。しかし、あの時と容貌が全く変わっていない。老化していない。
「1人増えているようだが」
「あたしはフィアの婚約者です!」
「えっ?」
「フィアンセっていうシャレじゃないから!」
何も突っ込んではいないが、キツめの美女が勝手に否定してくる。初対面で妙なことを口走る人である。
「婚約者かどうかはともかく、ここに君の見つけたいものは無い。これでいいかな?」
「あ? あぁ、まあうん」
はぐらかされつつも、答えは得る。フィアが情報を隠すことも考えられるが、背後を取られている今、強硬に何かできるわけでもない。
アルフレッドは、背後の男の戦闘力を知っている。
「インプラントは倒すと痕跡がなくなる。まるでこの世界のものでは初めからなかったように。君も聞いたことはないだろうか? 彼らは初めからこの世界から生まれたものではない。異界から現れたものだ、と。」
フィアは語る。その言葉自体には疑いはない。それは確かに聞いた話だからだ。
「僕は彼らに昆虫で言う女王アリや女王バチのような上位存在がいて、何かを探しているかに思える。僕や君のような歪みから生まれたものではなく、まったく別の何かを。」
彼の語る推測は、アルフレッドを俯かせる。フィアやアルフレッドのような歪みから生まれたもの。彼は自分の出自を歪みだと知っている。アルフレッドも自分の生まれは歪みだと、何となく知っていた。
アルフレッドの父も母も、元を辿れば異世界人だ。そういう意味であれば、本来この世界で生を受けてしまってはいけない存在かもしれない。
ただ、アルフレッドからの視点ではフィア・レイフェルトが同じような歪みを持つのかは知りようがない。彼が特殊な過去を持つのだけ、何となく知っているにすぎない。
「君を混乱させる気はなかった。ただ、君がインプラントを何とかしたいように、僕も独自に動いている。僕らは協力できる。それだけは分かっていて欲しい。」
「フィア!」
再会した友人は優しい言葉を掛けてくれるが、どうも隣の美女は許せないらしい。暗に考え直せと言っている。
「僕は君を親しい友人だと思っている。たとえ1日だけの友情だとしても。その上で、君のやろうとしていることを僕は期待をしている。」
美女に引っ張られても彼は何とも思っていない。話をさらに進める。
「僕はあの日、君に言われた言葉を忘れてはいない。僕は、そうはなれないけど、君がそうありたいなら、僕はそれを応援したいんだ。」
にこやかに言ってくる彼の言葉から、自分が何を言ったのか思い出していた。すっかり忘れている。そもそも彼と会ったのは小学校に上がる前だった。覚えていないのも無理はない。
「俺は」
何かを言いたかったが、言葉にはならなかった。状況を自分で確認したわけではなかったが、それ以上何か言えることもなく、踏み込むのをやめた。
踵を返して、その場を去る。背後の男の横を通り過ぎるが、彼はアルフレッドを見送るだけで何もしてこなかった。
アルフレッドが去った後で、護衛の男のほうが呟く。
「混乱するだけだと思うが」
護衛の男、ユウガが言う。フィアとアルフレッドが会った時のことは、彼がもっともよく覚えている。フィアはともかく、アルフレッドの年齢で覚えてないのも無理はない。
「大丈夫。特に意味はないさ。」
「あ・ん・た・はぁ~!!」
微笑むフィアに対して、美女、リーシャ・エントクロマイヤーの怒りは収まらない。彼の腕を掴んで揺すっている。何をそんなに怒っているのか。
「ダメ、かい?」
「ダメよ。ダメに決まってる。アイツのために調査を始めたわけじゃない!」
「一緒にやっていた結果を、見ず知らずの誰かに渡すのは許せない?」
「当たり前よ!」
彼女はフィアの理解はまるっと正しくする。それは彼女にとって許せないことである。フィアの価値観からするとなんとも思わないが、彼女がイヤなことを強行することもない。フィアは人の心をイマイチ理解していない。箱入りな育ち方であったのもそうだが、生まれと本来すべきことのせいでまともな価値観を持っていないことが大いに原因にある。
「僕は、僕に協力してくれているリーシャの存在に助かっている。それじゃ、ダメかい?」
その言葉は誘惑に等しかった。ユウガは顔をしかめるが、フィアが純粋に言っていることが分かっていた。彼にはそういう他人を操作する言葉の魔術を使う癖がある。
フィア・レイフェルトという自己と個性をまったく持たないがゆえに、個人のパーソナルスペースに対して踏み入ることを何とも思わない。他人を理解しようとして、優しさで踏み込んでいく。それは、いわゆる人懐っこく、しかし何も知らないでずけずけ物言うことであろう。何より男性が女性にそういうことをすれば勘違いの元である。
「騙されるかぁぁぁぁぁ!!」
リーシャは優しく語りかけるフィアの腕に自分の腕を絡ませ、さらに彼の手首を内側に捻る。いわゆるアームロックである。
「わあ、痛い」
「アンタ、前回も似たようなこと言って私の取ってきた肉を一つ多く食べたでしょ! アーンで食べさせて、『これで半分こだね』とか言ってたけど、そもそも半分にする理屈が無いのよ!!」
「えぇー」
彼女はまともだったというか、すでに騙された後だった。彼女の出来事を踏まえると、正当な答えである。フィアがそうしたいという理由以外に、アルフレッドに協力してやる義理が彼女にもユウガにもない。フィアの判断が優先としては高いだろうが、彼女の許せる限度というのもある。
そもそもリーシャ・エントクロマイヤーという女性は、ほんの数カ月前にフィアと知り合い、行動を共にしている。ユウガは彼女がどんな性格かは知らないが、どんな出自かは知っている。彼が知る彼女がどうしてここにいるのかも知っている。大人っぽい風貌をしている彼女が、フィアとそう変わらない年齢であることも知っていた。
「友情か仁義か知らないけど、断りなくモノを渡す性格を直しなさーい!!」
「ごめんごめん痛い痛い」
夫婦漫才を続ける2人の様子に、ユウガは肩を竦めるのみだ。人間味の無いフィアにとっては、俗っぽいリーシャが丁度いいのかもしれない。
どのみち、人の心が無いのはユウガとて同じことだ。今はこのバランス感覚で良い。ただ、巻き込まれる方はそうでない。何の成果もなく戻っていったアルフレッドの存在が気になる。
「アルフレッド、か」
それは彼の真実の名ではない。なぜそんな名前を名乗っているのか。正体を隠す必要性があるのか。それは今のユウガには分からなかった。
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