出会い
終業式も終わった日、クリスマスも迫る夜、私は、2階の寝室ではなく1階のリビングで、スタンドのライトだけをつけて、少しメモを書いていた。相変わらず落ち込んだ気持ちのままで、気を抜いたら涙はいつでも出てきそうだった。
うとうとしていたのだろうか。
はっと気づいて起きたとき、部屋が明るかった。朝になってしまったわけではなさそうだ。私、電気つけてたっけ。でも、いつもの眩しいだけの光じゃない。暖かい、優しいひかり。太陽や月を見ているような自然なひかりが部屋中に満ちていた。見ているだけで、懐かしい音色でも聞こえてきそうな、そんな明かりだった。
「ああ、よかった。起きたようじゃな。こんなところで眠っては風邪を引いてしまう。」
キッチンから出てきたのは、いかにもサンタ、という格好のおじいさんだった。クリスマスの仮装みたいな、まさしくサンタとはこういうもの、という特徴を全てもっている。先に白いポンポンのついた赤い三角の帽子、赤い服。白くて長いふかふかとした髭を蓄えて、ちょっと太ってて、笑い皺の中にきらめくまあるい瞳。しかも紳士の品がただよっていて、物腰に優しさが溢れている。自分でも驚くべきことに、疑いようがなかった。
「お手紙を読んで寄らせてもらったんじゃが、どうやら相当お疲れのようじゃ。本題に入る前に、少々キッチンをお借りしますよ。」
髭と同じでこちらも白くて長い眉の奥に、キラキラっとひかる目が、茶目っ気たっぷりに笑った。
どこかの異国のうたを鼻唄で口ずさみながら、明るい電気のしたで、彼はうちの鍋を出していた。ドイツ製の小さい鍋。可愛らしいほど、こじんまりと佇んでいる、底の辺りが焦げた鍋。取っ手はピンと張ったように綺麗な長さをしている。まじまじと見ることは今までなかった。
今でも不思議と暖かな光を醸し出している背中に、なんだか私は近付きがたくて、カウンター越しに見つめていたけど、ふっと疲れが出てソファーに座った。
暫くぼうっとしていると、彼は私のマグカップを持ってやって来た。
「はい。ホットチョコレートじゃよ。」
私がびっくりしている間に彼は続けて言った。
「温かくて甘いものは、心も温めてくれるからのう。もちろん、それだけでは癒せぬものも、あろうとは思うが。しかしまあ、まずは一口。さあ、召し上がれ。」
戸惑いつつも、ひとくち飲んでみる。
チョコレートの甘さが口いっぱいに広がり、次に胸に溶けていく。ほんの少しかけられたシナモンが、ふわりと香りを立てる。ホットチョコレートはもともと、私が一番好きな飲み物だった。それは飲むだけで、私でも、明日も何とか生きられそうな気がしたものだった。よく家で、自分で作った。それでも彼が作ってくれたものには、こんなに温かい、おいしいものがあるんだ、と思った。ゆっくりと、からだの中の何かがほどけていく。張りつめていたなにかは、熱いものになって、込み上げてきたそれをごくりと飲み込んでから、ほうっと息を吐いた。
「さて、本題に入ろうかのう。明日の予定は入っているかな?」
「いいえ。」
「では、今から出かけよう。そうじゃそれがいい。」
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