第15話
俺は何度も灰野を説得した。
殺人は悪だ。悪いことだ。
犯罪者として死ぬのか? そんなことになったら悲しむ人がいるだろ?
もっと楽しい人生だってあるはずだ。
自分で言ってても安っぽく感じる正義感溢れる言葉を並べ続けた。
だが灰野は揺らがなかった。
あいつの覚悟は既にマントルよりも固く、人生経験なんてありもしない高校生の言葉は意味を成さなかった。
「あいつはあたしの大切なものを奪ったのよ。だから殺す。自分の命を全部使ってでも。これはもう決まったことなの」
そんなことに俺を巻き込むなと言いたいところだが、あいつは何度も引き返すチャンスをくれていた。それを無駄にしたのは他でもない俺自身だ。
俺は変わりたかった。だが問題はそれを外に求めたことだ。
変わりたいなら自分が変わるしかない。周囲に変わってもらったってそれが自分の望むものになる確証なんてないんだ。むしろ悪化することだってある。
それが今だった。
俺はそういうことを知るのがいつだって一歩遅い。
火傷してようやく火の熱さに気付くんだ。我ながら阿呆すぎる。
灰野の瞳はどこまでも本気だった。
それもそのはずでこいつはあと三ヶ月しか生きられないんだ。
最初は嘘かと思ったが、若い看護婦がやってきて灰野を怒ったのを見て、それは違うのだと分からされる。
「あんた。こんなところでなにやってるの? ダメじゃない。勝手に入ったら」
「迎えが来たみたいね。じゃあ、また連絡するから」
灰野は慣れた様子で階段を降りて行った。
どうしたらいいか分からず、俺は一人溜息をついた。すると若い看護婦は言った。
「君。あの子の友達? 優しくしてあげてよ。ああ見えて繊細なんだから」
看護婦はそう言うと灰野を守るようにそっと触れ、付き添って階段を降りて行った。
優しくしてほしいのは俺の方だ。それに人を殺そうって奴に優しくしたら大惨事が起こるのは目に見えていた。
それでも俺はその言葉を無碍にはできないでいる。
たしかに灰野は今にも壊れそうな体をしていた。まるでガラス細工だ。しっかりして見えても落としてしまえば粉々になる。
そんな奴に頼まれたらなんでも応えてしまうのは俺の甘さだろうか。
階段を降り、建物から出て振り返ると、一室だけ窓が開いているのが見えた。
そこでは灰野が手を振っていた。
多分、楽しそうに笑いながら。
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