第11話
「ほら。WBCってあったじゃない。野球のワールドカップみたいなやつ。あれ見てて思ったのよね。あたしもホームラン打てたら気持ちいいだろうなあって」
歩きながら灰野は意外にも楽しげだった。
「……あの大会を見てそれしか感想がないのはある意味すごいな」
「失礼ね。他にもあるわよ。ほら、あのなんとかって選手。ダル……メシアン? あの人が投げたり打ったりしてて、ハーフの人って大きいなあって思ったりとか」
「ダルビッシュな。ダルメシアンは犬だ。あと多分打ってないぞ」
「他にはあれ。三刀流? あれもすごかったわ」
「一刀多いな。その大谷はバット咥えてたのか?」
こいつ絶対野球知らないだろ。
まあでも、世間一般の知識はこれくらいなのかもしれない。普段見ない女子高生なら尚更だ。
「細かいことはいいのよ。とにかくあたしは野球がしたくなったの」
そう言って灰野が俺を連れて来たのはバッティングセンターではなく、個人でやっているリサイクルショップだった。
「…………ここで?」
「ちがうわよ。この前寄ったらバットが置いてあったの。それを買って来て」
「欲しいものってそれか……」
「そうよ。そんなに高くはなかったわ。一本しかないから店員に聞けばすぐ分かるはずよ」
「……普通野球がやりたいならまずグローブとボールを揃えるんじゃないのか?」
「あたしは投げたいんじゃなくて打ちたいの。ほら。いいから早く」
灰野は追い払うようにそう言った。
俺は小さく嘆息して店の中に入っていく。中はクーラーが効いていて涼しかった。近くにいたおばさんの店員に「バットって売ってますか?」と聞いたところ、すぐスポーツ品コーナーに連れて行ってくれた。
あったのは子供用の短い金属バットだった。一応ケースも付いている。
「この一本しかないんですけど大丈夫ですか?」
「えーと、まあ、はい」
見たところ灰野には大した腕力はない。なら短くて軽い方が扱いやすいはずだ。付けられた値札も二千五百円と買えなくもなかった。
中古のゴムボールが一個五十円で売っていたのでそれも買って店外に出る。軟式ボールなんて買ったら「これのどこが軟らかいのよ!」と怒られるのがオチだ。これなら怪我もしないだろうし、そもそも野球を知らないんだから分からないだろう。
「ほら」
俺は店の外にいた灰野にバットとボールをケースに入れて渡した。だが灰野は受け取らない。
「それはあんたが持っておいて。じゃあ次行くわよ」
「まだあるのか?」
「当たり前じゃない」
一体なにが当たり前かは分からないが、灰野は次の目的地へと向かった。
俺は溜息をついてバットのケースを肩にかけると渋々灰野のあとを追った。
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