第12話

 次に連れて来られたのは牛丼チェーン店だった。

「チーズ牛丼大盛りつゆだくで!」

 バットの次は牛丼か。まるで男子中学生だ。

 元気に注文する灰野の隣で俺は呆れながら比較的安い牛丼並盛りを選ぶ。

「あたし牛丼屋って来たことないのよね。女子一人だと入りづらいし。だから憧れてたの」

「テイクアウトとかもあるだろ?」

「馬鹿ね。直接来ないと意味ないじゃない」

 運ばれてきたチーズ牛丼を見て灰野は満足そうに食べ始めた。

「すごい! 肉とチーズの組み合わせってこんなにおいしいのね。でも体に悪そう!」

 とかなんとか言いながら灰野は牛丼を食べていく。細いくせに食欲は男並みだ。

「やっぱり外食は味が濃いわね。いつも薄口だから新鮮だわ」

「親が厳しいのか?」

「まあ、そんなところ。親というか別の人がだけど」

「別の人?」

「栄養を管理する人がいるの」

 どんな人だと思いつつ、なかなかの食べっぷりを見せる灰野に感心していた。

 周りには休憩中のサラリーマンや運送会社の運転手らしき人、あるいは男子大学生っぽい客が多い。若い女は灰野だけだ。そりゃあ一人では来にくいだろうな。

 にしても色気がない。せっかく初めて女の子と二人でランチに来ているってのに、よりにもよって牛丼屋とは。イタリアンとかオシャレなビュッフェとか、あるいはスイーツの食べ放題みたいなのイメージしていたが、たった今それらは完全に破壊された。

 まあ、本人が来たいって言ったんだから仕方がないが。一方、女連れは俺一人で、そのことについては多少の優越感を覚えないでもなかった。

 なんて言うか、青春してる感じはする。俺は内心そう思いつつ、牛丼の並盛りを食べた。


 牛丼屋の次に花屋へと連れて来られ、俺は少し安堵していた。

 こういう女子っぽいところがないと青春感はやはり薄まる。

 だが想像以上に花は高く、既にバットと牛丼で四千円近く払っている俺は一転焦り出す。

「赤いバーベナってありますか?」

 灰野は聞いたことのない花の名を店員に伝え、店員は「こちらです」と案内した。

 ついて行き、恐る恐る値札を覗くと千円以下でホッとする。

 見た感じ花壇とかに植えられている小さな花のようだった。綺麗というよりは可愛らしいと表現した方がぴんとくる。

 花を選んでいる時の灰野はどこか儚げで、なんだかイヤな予感がする。俺はそれを振り払うように後ろから話しかけた。

「それが好きなのか?」

「まあね。かわいいでしょ? よく行く花壇にも植えてあって、それをのんびりと眺めるのが好きなの。部屋にも一つ欲しいなって思って。花壇には赤いのがないのよね」

「へえ」という曖昧な言葉しか出てこなかった。

 小さなポットに入ったバーベナを買うと、それを入れたビニール袋は灰野が持った。

 そして遂に俺の財布から札がなくなる。これ以上はいくらねだられても買えない。

「なあ。そろそろ教えてくれよ」

「なにを?」

 灰野がポカンとするのでさすがの俺もムッとした。

「あの夜、あそこにいた理由だよ」

「ああ。そのこと?」

 まるで灰野は今まで忘れていたみたいな口ぶりだ。本当に忘れていたなら俺はなんの為に身銭を切ったのか分からない。

「じゃあ最後に今から行くところに付き合ってくれたら教えてあげる」

「あのな。もう買う金なんてないからな」

「大丈夫よ。タダで入れるから。それにあたしには家みたいなものだし」

 灰野はそう言うと再び歩き出した。

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