第9話

 徒労。

 これ以外の言葉が浮かばないまま帰宅の途につく。帰りは上り坂なので余計に虚しくなった。

 一体俺はなにをしているんだ? こんなことして意味あるのか?

 朝あったやる気は見る影もない。しょんぼりして家に入ると母さんに睨まれた。

「あんた。どこ行ってたの?」

「どこって……。べつに……」

「りんちゃんから電話かかってきたのよ。早く帰ってきてって」

「え? なにかあった?」

「ううん。寂しかったみたい」

「……あ、そう」

 溜息をついてソファーに座るとそのまま横になった。寂しがっていたわりに風呂場から妹の鼻歌が聞こえる。

 そんな俺を見て母さんはキッチンでなにか作りながら尋ねてきた。

「どうしたの? あ。女の子にフラれたとか? それだったらそれでいいのよ。フラれる体験もしないと告白できなくなるから。最後に一人いい子を見つければいいの」

「違う。勝手に決めるな」と言いつつも、それに似た感情を持っていた。

「じゃあなに?」

 こういうことを母親に話す高校生がどれだけいるんだろうか。普段の俺なら絶対になにも言わないが、今日は少し疲れていた。

「……せっかくやりたいことが見つかったのに、なんの成果も出ないから続けるか悩んでる……みたいな感じ」

 言ってしまった後悔もあったがすっきり感もまたあった。

「やりたいことって?」

「……まあ、色々と」

 さすがに一度会っただけの女の子を追いかけているとは言えない。

「ふうん」

 母さんは包丁でなにか切りながら続けた。

「まあ、あんたは我慢ができないからね。ちっちゃい頃からずっとそう。変にプライドが高いっていうか、自分の思い通りにならないとやめちゃうから。ほら。昔スイミング習ったじゃない。でも一人だけ背泳ぎができなくて、それを友達に見られるのがイヤでやめちゃった」

 たしかにそんなことがあった。あの時は友達も教えてあげるから一緒にやろうと言ってくれたけど、それが余計に惨めに思えてやめてしまった。

 俺はプライドを守った。でもそのせいで背泳ぎができないままで終わった。今思えば馬鹿らしいけど、その傾向は今も続いているらしい。

 つまり俺はできないことをやらないことで自分を守り続けているんだ。

「だけど少しは成長したのね」

 母さんはしみじみと言った。

「成長って?」

「だってやめるかどうか悩んでるんでしょ? 昔のあんたなら悩む前にやめてるわよ。よかったじゃない。よっぽどそれをやりたいのね」

 母さんの言葉を聞いてハッとした。自分の中にあった感情にぼやけていた輪郭が見えてくる。

 萎んでいたまた灰野と会いたいって気持ちがまた大きく膨らんだ。

 再確認すると突然恥ずかしくなってきた俺は母さんに顔を見られないようにして「……かもな」っとなるべく素っ気なく答えた。

「なにがしたいか知らないけど、やりたいならできるまで我慢しなさいよ」

 そう言うと妹が風呂から上がってきて、母さんは急いで料理の続きを作った。

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