反転
7月14日。朝。
スマートフォンに記録された日記が、突然、すべて消えていた。
履歴もキャッシュも、復元できない。
代わりに、メモ帳アプリに一行だけ、黒文字で残されていた。
《7月9日 窓が開いていた》
なにもかも、ここから始まっている。
だが、思い返すとその“始まり”にも違和感がある。
本当に、あの日窓は「開いていた」のだろうか。
いや、それを見たのは“日記”の中だったのではなかったか?
混乱したまま部屋の掃除を始めた。
ロフトの奥に仕舞ってあった段ボールを動かすと、ひとつ、見知らぬノートが出てきた。
手に取ると、そこにはびっしりと手書きの文字。
日記だった。
だが内容は、スマホに残してきたものとは少しずつ異なっている。
書き手は「私」ではなかった。
文体も、視点も異なっている。
内容も少しずつ“こちら”の記憶とずれている。
あるはずのない事実、行っていない場所、会っていない人々。
その中で、ひときわ異質な一節があった。
《私はずっと、彼の生活を借りていた。彼は気づいていない。
でも、7月9日、窓が開いてしまった。》
“彼”。
“私は”。
――誰だ。
めくるごとに、視点は少しずつ変わっていく。
《彼が寝た後に動くのは簡単だった。
書きかけのスマホを開き、言葉を真似し、癖をなぞった。
コンビニのレジでは、いつも同じように振る舞った。
レシートを戻す癖も、鍵を忘れる習慣も、全部見ていた。》
背中が冷える。
見られていた。
いつから? 誰に?
ノートの最終ページに、赤インクの走り書き。
《彼は気づき始めた。
もうここにはいられない。
でも、わたしの一部は、ここに残る。
記録を消しても、窓を閉めても。
わたしの“声”は、この部屋に染み込んだ。》
その直後、部屋の蛍光灯がふっと消えた。
再点灯すると、部屋の隅にある姿見に、“自分”が映っていた。
しかし、その姿は――
「自分」ではなかった。
肩幅が違う。
視線の高さも違う。
目が笑っていなかった。
姿見の中の“何か”が、こちらを見て微笑んだ。
そして、唇だけが動いた。
《たべた?》
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