目が覚めると、台所に立っていた。


包丁を握っていた。

足元には、野菜の皮と、肉のパックが落ちていた。

まな板の上には刻まれた玉ねぎ。

炊飯器が、タイマーで炊き上がっていた。


時計は午前5時を指していた。


――何をしていたんだ。


眠ったのは深夜1時のはずだった。

その後の記憶が、まるごと抜けている。

夢遊病……? いや、そんな診断を受けたことはない。

スマホを開くと、日記が更新されていた。


《7月13日 02:33 買い物に出た。鶏肉とネギ、玉ねぎ。03:01 米をといだ。04:12 味噌汁を作った。少し塩を足した。04:31 戻ってきた。起きた。》


「戻ってきた」「起きた」。

自分が“複数”存在しているような書き方。


日記の“筆者”と、今こうして立っている“自分”が、別人であるような。


日中も、どこか頭がぼんやりしていた。

退勤時、ふとコンビニの前で立ち止まる。

入った記憶もないのに、レシートがポケットに入っていた。

それは午前3時台のもので、アイスと缶チューハイを買っていた。


そんなはずはない。

夜中に出歩いた覚えは――ない。


夜。

スマホの録画アプリを確認すると、映像が一本、保存されていた。

再生する。

また、自室の映像だった。


ドアを開けて、ふらりと入ってくる自分。

だが、挙動がどこかおかしい。

動きがぎこちなく、視線が定まっていない。

そのまま、机にスマホを置いて、日記を書き始める。


その筆跡は――どこか“なぞるような”ものだった。


よく見ると、その“自分”の肩に、何かがいた。

肩より少し上、宙に浮くように、黒い影が重なっていた。


画面が乱れる。

ノイズが走り、映像が途切れる。

そして、停止。


……何かが、棲んでいる。

自分の生活に、入り込んでいる。


その夜、寝る前にふと冷蔵庫を開けた。


中に――見知らぬ料理が入っていた。


ラップのかかった保存容器に、筑前煮のようなもの。

自分は、そんなもの作っていない。


不意に背筋が凍る。


容器の底に、油性ペンで文字が書かれていた。


《たべた?》


背後から、台所の床がきしむ音がした。

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