笑
翌朝、日記を見て、背筋が凍った。
《7月12日 03:11 玄関を開けた。廊下を覗いた。誰もいなかった。紙を拾った。読み返した。笑った。》
――笑った?
記憶にない。
そんなことはしていない。
むしろ、怖くて声も出せなかったはずだ。
だが、書かれている。自分の文字で。
しかも、続いていた。
《03:22 玄関の鍵を外からかけなおした。04:01 録画を削除した。》
録画を削除――?
慌ててスマートフォンを確認する。
録画アプリの履歴が、確かに消えていた。
自分で消したのか?
どうして?
あるいは、寝ぼけて……?
だが、それならなぜ、その一連の行動を「日記」に記しているのか?
指が震える。
紙の日記とスマホの日記、どちらも見返す。
一見、何も変わっていない。だが違和感がある。
スマホの日記では、7月12日だけが「空白」になっていた。
つまり、紙の日記にだけ、記録がある。
これまでは、同じ内容を二重に記録していたはずだった。
この違いは何だ?
自分が分裂しているのか?
誰かが、自分の代わりに「書いた」のか?
あるいは――自分が「自分ではない」時間があるのか?
深く考えると、脳の奥がずしんと重くなった。
頭を振って、現実に戻る。
仕事は、ミス続きだった。
メールの誤送信、書類の記名漏れ、会議の時間を間違える。
同僚の目が痛い。
上司は「何かあったのか?」と気遣ってくれたが、説明のしようがなかった。
帰宅し、ドアの前で一瞬ためらう。
鍵を差し込んだ瞬間、ふと気づいた。
――ドアスコープが、内側からふさがれていた。
そんなこと、した覚えはない。
ティッシュのようなものが詰められ、見えないようになっている。
取り除き、中をのぞく。
誰もいない。
だが、足音がするような気がした。階段の方から。
走り去るような、軽い、スニーカーの音。
部屋に入って鍵を閉め、チェーンもかける。
カーテンも全て閉めて、灯りをつけず、息を潜める。
そのまま、しばらく動けなかった。
ふいに、スマホの通知が鳴った。
着信ではない。
録画アプリからの通知だった。
《新しい映像が保存されました》
――保存?
設定では、手動録画にしているはずだ。
確認すると、タイムスタンプは今から三分前。
つまり、自分がこの部屋に入った直後。
映像を再生する。
暗く、揺れている。
部屋の中。自分が玄関を開けて、立ち尽くしている。
その背中を――
撮っている。
視点が低い。
床に這うように動きながら、スマホが持たれている。
――自分では、ない。
部屋に誰かがいる。
いや、いた。
三分前まで、この部屋の中に。
画面の中で、自分がくるりと振り向く。
その瞬間、映像が終わる。
録画は、停止されていた。
スマホが、手の中で熱くなっていた。
画面の向こうにいた“何か”が、こちらを見返してきた気がした。
全身の汗が止まらない。
部屋のどこを見ても、何もいない。
だが――どこかにいる。
確かに、“いた”のだから。
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