部屋の中は、静かだった。

それが逆に、気味が悪かった。


朝、目が覚めてすぐに窓を見た。

やはり、開いていた。

昨夜は、スマホで鍵を閉める動画を撮ってから、さらに日記にも記したはずだ。


《22:01 窓を閉めた。鍵をかけた。動画も撮った。》


録画も、確かに残っている。

それなのに――窓は、また、開いていた。


「どこかに、入り込める隙間があるのか……?」


そう考えながら、部屋の中を改めて見回す。

ベランダは外廊下に面しておらず、外からよじ登って来られるような構造ではない。

換気口も、エアコンの通気も、人が通れるようなものではない。


誰かが、合鍵を持っているのか?

けれど、この部屋は新築ではなかったにせよ、入居の際に鍵は交換したはずだった。

不動産屋は「セキュリティは問題ありません」と言っていた。


そもそも、何かが盗まれたわけではない。

部屋の中は、何も変わっていない。

本棚の順番も、冷蔵庫の中も、昨日とまったく同じ。


ただ――窓だけが、開いている。


その日の夜、少しだけ帰宅が遅くなった。

会社の飲み会に付き合ったせいだ。

気を紛らわせたかった。

誰かと話していると、不思議な出来事のことも「笑い話」に思えてくる。


「それってさ、夢遊病とかじゃないの?」

「寝ぼけて開けたんじゃないの?鍵閉めるの忘れてて」


そう言われれば、そうかもしれない――と一瞬思った。

自分が壊れているだけなのかもしれない。

だとすれば、それで済む。全部、自分の問題で片がつく。


けれど、深夜。

眠りに落ちかけた時だった。


「カチ……カチャン……」


小さな音が、どこかから聞こえた。

金属が触れ合うような音。


まぶたを開ける。

部屋は暗い。

けれど、耳だけが冴えている。


「……鍵の音?」


そう思った瞬間、心臓が跳ね上がった。

ベッドから飛び起きて、部屋を見渡す。


静かだ。

エアコンの風の音だけが、一定のリズムで流れている。


……音は幻聴だったのか。

そう思った矢先、もう一度――


「カチャン」


確かに、聞こえた。


今度は、玄関のほうからだった。


息を止めて、ゆっくりと立ち上がる。

玄関のドアに近づく。

猫のように、足音を殺して。

のぞき窓に目を寄せる。

外の廊下に、誰か――


いない。

何も、見えない。


だが――ドアの郵便受けから、ふいに紙が滑り落ちてきた。


ビクッと肩が跳ねる。

紙は、裏返っている。

拾って、そっと表に返す。


そこには、こう書かれていた。


《録画だけじゃ、足りないよ。あなたの手は、夜になると、勝手に動くから》


――誰だ?

誰が、こんなことを?

なぜ、自分の行動を知っている?


紙を持つ手が震えている。

汗で指先が湿っているのがわかる。


廊下に出て、誰かがいた痕跡を探そうかとも思った。

だが、怖くて動けなかった。

この扉を開けたら、何かがいる気がして。


扉に背をつけて、ずるずると座り込む。

紙切れは、手の中でしわくちゃになっていた。


今夜も、日記を書く。

録画もする。

全部記録して、証明する。


――自分は、おかしくなんて、ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る