第2話 ピタゴラス

「ねぇ、ジオ。人は空を飛ぶようになると思う?」


 ずいぶんと唐突だ。アルを見ると、視線を空に向けていた。その視線の先では鳥が翼を広げて、大空を飛んでいた。

 アルは、いわゆる天才だった。そしてそれ以上に変人だった。

 私みたいな凡人だったら考えもしないようなことを、いちいち本気で考えている。

 今回もそうだ。

 人が空を飛ぶなんて、私は考えたことがなかった。


「鳥以外で、空を飛ぶものなんていないからなぁ。そもそも、空を飛ぶようになるって、そんなに大切なこと?」

「たぶん、大切だよ。数術の進歩はそのまま移動手段の進歩につながっている。数術によって馬車が改良されて、陸を快適に移動できるようになった。そこからさらに発展した数術で、巨大な船を建造した。その船で海を快適に移動するようになった。もし次に数術が進歩するのなら、その数術を使えばきっと、空を移動できるようになることなんじゃないかな?」

「ふぅん。なるほどね」


 凡人の私にはアルの言いたいことは分からなかった。

 それでも、なんとなく分かったことがある。

 アルは数術のことが、心底好きなんだろう。


「わかんないけどさ。たぶんきっと、人は空を飛ぶようになると思うよ」

「そうだね。僕達が生きてる間に、それを見られたら嬉しいかな」

「ねぇ~」


 アルの話がひと段落したのを見て、右手に握られた大盛りパルフェに匙を入れる。そのままごっそり掬い取り、山盛りになった匙を口に運ぶ。口の中で、甘さが解けて広がっていく。


「おいしい~」


 甘さが体に染み渡る。

 この瞬間は、生きていて良かった、と思えてくる。

 一口を味わい終えると、それからまた、幸せを大盛りに掬い取る。

 体中に広がる幸せは、今度は鳴き声になった。


「むふぅ~」


 そんな様子を見て、隣を歩いているアルが、小さく笑った。


「嬉しい?」

「うん。人のお金で食べるパルフェは最高!」

「それは良かった」


 でも、幸せは長くは続かない。

 あんなに美味しかったパルフェは、気が付けばもうなくなってしまった。

 私は、次なる目標を探し始めた。甘いものを食べた後は、しょっぱいものを食べたい。何か良い具合の食べ物はないか、あたりを見回す。

 大通りは様々な出店が並び、賑わっている。食べ物や飲み物が多いが、そんななかで、籤引きや射的といった娯楽的なものも、ちらほらある。


 " ──ん? "


 そんななかで、ふと目に留まった出店があった。

 『数術勝負』の看板が掛けられている出店だ。

 数術勝負は数術を使った、お祭りでは定番の娯楽だ。

 店側が数術の問題を表に掲示する。その問題の答えが分かったと思った客は、指定の金額を払って、回答を紙に理由付きで書く。その回答に応じて、店主が景品を渡す仕組みだ。

 良い解答であれば高価な景品が貰えることになっている。が、それはほとんどの場合が飾っているだけで、実際に貰えるのは大抵がちり紙や懐紙だ。

 数術勝負の楽しみ方は、解けそうで解けない問題をみんなでウンウン考えることだ。景品が目的ではなく、みんなで一つの問題を考える時間を楽しむ。そんな娯楽だ。数術が娯楽になるのも、数術の勉強と発展に力を注いでいる、この街ならでは、だ。


「ちょっとアレを見たい」


 私が出店を指さすと、アルも視線を向けた。


「数術勝負か。面白そうだね。行ってもいいけど、回答しちゃダメだよ」


 私たちにとって数術は本職だ。何百年解けていない問題を相手にして、日々研究を重ねている。そんな私たちにとって出店で出るような問題は、どんなに難しい問題であろうと子供の遊びと変わらない。だいたいの問題は一見して答えが分かってしまう。そんな問題に本気で答えたら、祭りの興が醒めてしまう。

 そんなことくらい、ちゃんとわかっている。


「どんな問題か、見るだけだよ」


 そういって、勇み足で出店まで行った。

 出店の前まで行くと、ちょうど口上が始まり、問題が切り替わった。


「さぁさぁ。本日の目玉問題だよ! 今、数術師の間では静かな話題になっている天才、ピタゴラスからの出題だ。天才の作った問題に、果たして正解者はでるのか!」


 その名前を聞いて、少し興味がわいた。

 「ピタ」は古語で美しさ。

 「ゴラス」は永遠に続くもの。


 " ──ピタゴラス、ねぇ。直訳すれば、永遠に続く美しさ、かな。数術師にしては、ずいぶんとお洒落な筆名だ。さてさて。お洒落な名前の数術師さんは、どんな問題を出してくれるのかな "


 私は期待しながら、掲げられた問題を見た。


【19枚の金貨を3人で分ける。

 1人目には全体の1/2を

 2人目には全体の1/4を

 3人目には全体の1/5を

 それぞれに分ける。

 過不足なく分配するためには、どうしたらいいか】


 " ──へぇ。ずいぶん珍しいな。数の性質に関係する問題だ "


 数術の出題のほとんどは、図形に関するものだ。こういった数の性質に関するものは滅多に見ない。それだけでもこの問題は面白い。

 でもすぐに。そんな面白さを塗りつぶしてしまうほどの、異質な部分に目を奪われる。


" ──19は、素数だ "


 素数とは、1とその数自身でしか商が整数にならない数字のことだ。19は素数なので、答えが整数になるのは、割る数が1と19のときだけ。

 それにも関わらず、この問題は 19 を2、4、5で割って、答えを整数にせよ。と言っている。


" ──そんなのに決まっている "


 そう思った。それからすぐに、出題者の名前を思い出した。


" お洒落な筆名をつけるくらいのヤツだ。この問題もきっと、お洒落な仕掛けがあるんだろう。上等だよ。解いてやろうじゃん "


 そう思って、腕捲りをする。

 軽く拳を握り、口につける。

 問題の向こうにいる、ピタゴラスと対峙する。

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