ピタゴラスの折り紙
文月やっすー
出会い
第1話 数術師
むかし、むかし。
神はコンパスと定規でこの世界をかたちづくった。
それから神は整数を作り、つぎに長さをつくった。
長さから面積が生まれ、面積から体積が生まれた。
そうして最後に、三つの問題を残した。
その問題に挑むことは、すなわち神に挑むことだった。
――神に挑む者。
人々は彼らを、数術師と呼んだ。
□◆ ◇■ □◆ ◇■ □◆ ◇■ □◆ ◇■
三大問題。
それは、神が残したとさえ言われる、数術の三つの未解決問題だ。
私の所属する数術集団、
そして、私が今まさに発見した法則。
それは、三大問題の解決の手掛かりになるかもしれない法則だった。
見つけた法則は、2つの法則を組み合わせたものだった。
1つ目は奇数から平方数を作り出す法則。
奇数とは2で割りきれない数。
具体的には1、3、5、7、……といった数字。
その奇数を1から順番に足すと、その結果が(足した個数)×(足した個数)と等しくなる。
つまり。
1+3 = 2×2
1+3+5 = 3×3
1+3+5+7 = 4×4
1+3+5+7+9 = 5×5
といった具合だ。
規則性がとても美しい。
こんなに美しいものが、偶然であるはずがない。
そんな気がする。
もう一つ。
平方数、すなわち ○×○ の形で表される数を3つ使う術だ。
3つの平方数が
○×○ + △×△ = □×□
という関係になっているとき。
○と△と□の長さで三角形を作ると、必ず直角三角形になる。
直角は大切だ。
図形の問題で直角があると、長さや角度を求めやすくなる。直角は、図形問題を解き明かすための、強力な武器なのだ。
その直角を作り出す。
まさに秘術だ。
この秘術と、奇数から平方数を作り出す規則を使えば、直角を容易に作り出せてしまう。
例えば。
1+3+5+7+9=5×5
この式であれば。
9は 3×3 だ。
そして、さっき発見した、奇数の足し算から平方数を作り出す術を使えば。
1+3+5+7=4×4。
これをうまく組み合わせると。
1+3+5+7+9=5×5
4×4 + 3×3 =5×5
となる。
だから3cm,4cm,5cm で三角形を作ると直角三角形になる。
他にも5cm,12cm,13cm でも直角三角形をつくることができるし、7cm,24cm,25cm でも作れる。
こうして、次々に直角三角形を作れる3つの数の組み合わせを生み出せるのだ。
これは大きな発見だった。
それを発見した喜びを、一番近くにいた同僚のアルに伝えた。
「──なぁ! アル!」
アルは「ん?」と、こちらを向く。
細面に糸目。良くも悪くもない、強いて言えば無駄のないスッキリとした顔が、何事か、とこちらを向く。
アルに、数式を書いた紙を見せた。
「これ、すごいだろっ!」
「うん。いつ見てもスゴいよね」
「だろう! いつ見ても──。いつ見ても?」
まるで、もう知っていたような口ぶりだ。その意味を確認するためにアルを見ると、アルは「うん」と頷いて続けた。
「アリスさんから教えてもらってたんだ。5年くらい前かな」
その言葉で急に肩が落ちた。
大発見だと思っていたソレは。本当は、5年も前に発見されていたのだから。
でも同時に納得した。
アリスさんはこの
千年に一人の、正真正銘の天才だからだ。
「そっかー。まぁ、アリスさんだったら納得だわ」
「うん。でも、ジオもすごいよ。これを自力で発見したってことは、5年前のアリスさんに追い付いてるってことだからね」
アルの気遣いに、思わず苦笑する。
数術をやる人間で、気遣いができるヤツは珍しい。
数術の世界には、究極的には「あっている」か「間違っている」の2つしかない。それ以外の言葉、例えば「気遣い」というようなものは存在しない。数術師にとってそれは、存在しないのも同然の感性だ。
そんな異次元の感性『気遣い』を身に着けているアルは、素数よりも珍しい存在だ。
私は「ありがとう」を返して、それから大きく背伸びをした。
「なんかお腹すいちゃった。アル、暇? 飯でも食べに行かない?」
「いいよ。じゃあジオの発見を祝って、昼食は僕が奢るよ」
アルはご飯を奢ってくれる。
ご飯を奢ってくれる人は良いヤツだ。
だから、アルは良いヤツだ。
「ありがと。じゃあ、行こうぜ!」
「うん。外に出るときは、持ち物に気をつけてね」
アルは、普段そんなことは言わない。
それが気になって、聞き返した。
「ん? なんで?」
「なんでって、外では今日から──」
そう言いながら、アルは扉を開けた。
静謐な図書館の中へ、太陽の光とあたたかな風、そして人々の陽気さが流れ込んでくる。
「建国七百年のお祭りだから」
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