第14話:同じ夢を見る、見知らぬ二人

「こいつに、会いに行ってみるぞ」


 俺の言葉に、詩は力強く頷いた。

 だが、問題は、どうやって三年前の匿名の投稿主を探し出すか、だ。


「心当たりでもあるの?」


 詩が尋ねる。


「ああ。少し、裏口からお邪魔するだけだ」


 俺はタブレットを取り出すと、いくつかの暗号化された回線を経由し、忘却屋たちが使う情報交換用のダークウェブへとアクセスした。そこには、過去に取引された記憶のログや、トラブル案件のデータベースが、墓標のように並んでいる。


 俺は、いくつかのキーワードを打ち込み、データベースを検索する。数分後、画面に一件の個人情報がヒットした。三年前、例の書き込みをした当時高校一年生だった少女の、現在のSNSアカウントと連絡先。


「……すごい。こんなことまで、できるんだ」


 隣で見ていた詩が、畏怖と感心が入り混じった声で呟いた。


「これが、俺の世界だ。……怖くなったか?」


 俺がそう聞くと、彼女はふるふると首を横に振った。


「ううん。佐久間くんが、本当にすごい人なんだって、改めて思っただけ」


 その真っ直ぐな瞳に、俺は少しだけ、救われたような気がした。


 俺は、特定した連絡先に、当たり障りのない文面でメッセージを送った。


『記憶に関する、デリケートな悩みのご相談に乗ります。秘密厳守。当方、専門家です』


 数時間後、意外にもすぐに返信が来た。『ぜひ、お話を聞いてください』と。




 週末、俺と詩は、浜松駅前の喫茶店のボックス席で、その依頼人――大学二年生になった、アミさんと名乗る女性と向かい合っていた。

 彼女は、少し日焼けした肌に、快活そうな笑顔が似合う、明るい雰囲気の女性だった。


「すみません、突然呼び出しちゃって! 私、こういうオカルトとか、不思議な話が大好きで、つい!」


 アミさんは、カラカラと笑う。だが、本題に入ると、その表情は少しだけ曇った。


「……あの夢、今でも、時々見るんです。半年に一回くらい、ですけど」


 彼女が見る夢。それは、三年前の投稿と変わっていなかった。古い神社の境内で、同じクラスの“ハヤトくん”という男の子と、かくれんぼをしている夢。


「夢の中のハヤトくんは、すっごく明るくて、よく笑うんです。でも、現実の彼は、クラスでもほとんど喋らない、大人しい人で……。だから、余計に気味が悪くて」


「夢の中の神社は、どうだ?」


 俺が尋ねると、彼女は少し考えてから答えた。


「すごく、リアルです。夏の日の、むっとするような土の匂いとか、うるさいくらいの蝉の声とか……。それに、境内にある大きな楠の、ざわざわ揺れる音まで、はっきりと」


 俺たちはその後、ハヤトくん本人にも話を聞きに行った。彼は、近くの大学に通っており、アミさんとは今もたまに顔を合わせるらしい。


 彼は、俺たちの突然の訪問に、ひどく怯えた様子だった。喫茶店の隅の席で、終始俯きながら、小さな声で答える。

 アミさんと同じ夢を見ていることは認めたが、「ただの偶然です。俺は、あまり関わりたくないんで」と、固く心を閉ざしていた。彼が何かを隠しているか、あるいは、無意識に何かを恐れているのは明らかだった。


 アミさんと別れ、喫茶店に戻った俺たちは、集めた情報を整理していた。


「二人が同じ夢を見るのは、ただの偶然じゃない。何らかの形で、二人の記憶がリンクしている。問題は、その接点が何か、だ」


 俺がノートに書き込みながら言うと、詩が、ぽつりと呟いた。


「夢の中の神社……。アミさん、すごくリアルだって言ってました。土の匂いとか、蝉の声とか……。もしかして、本当にあった場所なのかな?」


 その、何気ない一言が、俺の中でバラバラだった情報のピースを、一つの形へと繋ぎ合わせた。

 そうだ。夢は、完全な無から生まれるわけじゃない。必ず、持ち主の記憶の断片から構成される。あの異常なまでのリアルさは、それが「作り物の夢」ではなく、「過去の記憶の再生」であることを示唆している。


「……そうか。場所だ」


 俺は、思わず声を上げた。


「強い思い出が宿った『場所』が、アンテナになって、二人の記憶を繋いでるのかもしれない。夢という、無防備な領域を介してな」


 俺の中で、新しい仮説が形になっていく。

「共有された場所の記憶」と、「強い感情的な結びつき」。それらが、記憶の共鳴を引き起こすトリガーなのではないか。


「行くぞ、舘山寺」


 俺は、伝票を持って立ち上がった。


「え、どこに?」


 きょとんとする詩に、俺は不敵に笑ってみせた。


「決まってるだろ。俺たちの仮説を、検証しに行くんだよ」


 俺たちは、夢の舞台になった、その「古い神社」を探し出すために、再び夕暮れの街へと駆け出した。

 パートナーとしての、俺たちの最初の事件が、ようやく本格的に動き始めた。

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