第9話

「ご注文の商品でお間違えはありませんか?」

 コルテンは、リーダーらしき男に向けてそう尋ねる。

「間違いない。

 上層の“迷宮商人”とは違って、あんたは俺らに適当な商品を

 売ったりはしないからな。どんな客にも誠実だ」

 リーダーらしき男は、一呼吸置いてから答える

 その口振りから察するに、このヴィンダム『迷宮』上層階層の“迷宮商人”も、

 盗賊紛いの悪徳商人である事に違いない


 この大陸では“迷宮商人”は、冒険者や傭兵、ならず者などを相手に

 商売をする いわば裏の職業だ。

 リーダーらしき男が、仲間の二人に視線で合図を送ると、1人が商品の

 代金が入った小袋を差し出した

 それを受け取ったリーダーらしき男は、そのままコルテンに向けてその

 小袋を軽く投げて寄越す

 コルテンは、相変わらずの営業スマイルを浮かべつつ小袋を受け取ると

 中身を確認する

「ご利用ありがとうございます」

 コルテンはそう礼を言った後、受け取った小袋を懐にしまう

 その小袋の中身は金貨だ


 この大陸では貨幣の種類は大きく分けて3つあり、それぞれ

 ・銅貨(1~100)

 ・銀貨(101~1000)

 ・金貨(1001~10000)である

 1番下の価値の銅貨でパンが2個買える程度で、銀貨1枚では、贅沢を

 しなければ数日は食っていける

 冒険者なら装備や道具類の充実の為に、銀貨10枚が1日分の報酬の

 全てを占める そんな大金だ。

 金貨は、主に大口取引を行う商店や商館で使われている

 冒険者が見る機会はまず無いだろうが、それなりの名を

 馳せている冒険者ならばそんな大金をポンと出せる事は

 不可能ではない


 金貨1枚は、銀貨100枚と同じくらいの価値がある

 この商品の代金は、総額金貨400枚

 そんな大金をポンと出したリーダーらしき男が率いる冒険者パーティーは、

 名の知れた実力者揃いである事が容易に察せられる。

「また頼むよ」

 リーダーらしき男が、そう別れを告げて4人揃ってその場を離れる。

「貴方様の冒険に幸あらんことを」

 コルテンは、頭を下げてそう答えた


 次の入れ違いに近づいてきたのは、目元には深いシワ、白髪が

 目立つ髪の年老いた冒険者1人だけだった

 一目見ただけで他の冒険者とは違う異質な雰囲気を感じさせる男だ

 それだけでまるで、迷宮に長年棲み付いていたかのような老獪な

 風格を醸し出している

 右手には枚の羊紙を握りしめている

「オーダーメイドの短剣を注文したんだが?」

 男は、コルテンの前まで来ると足を止めると口を開いた

 それはこの大陸ではあまり聞き慣れない北大陸系の訛りが

 交じった口調だ

 西大陸アウタウンで北大陸の訛りを話す冒険者は珍しい

 コルテンは、その声の様子から男の姿をじっくりと観察する。

 動きやす軽装服装を見る限り、そこには無数の小さな傷や戦いの

 軌跡が刻まれてもいた

 老獪そうな冒険者の眼光や立ち姿からは、まるで幾千もの戦場を

 潜り抜けてきたかのような“戦士”としての風格を漂わせていた



 西大陸アウタウンで北大陸の訛りを話す冒険者は珍しく、発音が複雑で

 覚えるのに難儀する

 北大陸は別な意味で、過酷な環境で有名でもあった

 その理由は『迷宮』が無い代わりに、数多の魔獣が棲む広大な原野が大陸全土を覆っており、人間種族達は生活圏のほとんどを魔獣の棲む荒野で

 行っている事だ

 東部には中小国家程度が点在するものの、国家間の交流は皆無と言っても

 過言では無い


 それゆえに、北大陸で独自の発展を遂げた物も多数ある。

 しかしそんな厳しい環境がゆえに人間種族は排他的な性格の者が多く、

 移住する者も少ないのが特徴だ

 人間の他にも亜人種と呼ばれる種族が豊富に棲んでおり、人間や亜人達は

 ほぼ全ての 者が複数の言語を操れるという特徴を持つ。

 広大な原野に棲む数多の魔獣は、『迷宮』内部の魔物より遥かに厄介な存在だ。

“北大陸の人間種族”は排他的な性格の者が多いが、その中でも、独特の風習や

 宗教観を持つ 亜人種と関わり武器防具などの

 発展に繋げているケースも多く、北大陸の冒険者達は、そのような独自の

 文化を持っている。



 年老いた冒険者は、握りしめていた羊皮をコルテンに差し出してきた

「はい。承っております」

 コルテンはそれを受け取ってからそこに書かれている注文内容に眼を通して、

 画に描いたような営業スマイルを浮かべて一礼した

 そしてリュックサックに手を入れて注文品が納められている木箱を取り出した

 蓋を開けると、そこには銀色の煌びやかな光沢を放つ刀身の短剣が

 納められていた。

 その刀身には、まるで血管のように赤い線が走り、時折脈を打つように

 明滅を 繰り返している

「・・・・・・」

 年老いた冒険者の視線は、箱に収まれているその短剣に釘付けになっている。

 その眼は、まるで何かに取り憑かれているようだ。

 この短剣は一見冒険者から商人まで幅広く愛用され続けている代物で、

 扱いに長けた冒険者からすれば、さして珍しい物でも無さそうではある

 だが、見る者が見ればその短剣はそれらとは一線を画す

 逸品である事は一目瞭然だ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る