第5話


「何しろ招かねざるお客様が来店しましたからね」

『迷宮商人』は、店内を見回し小さく頷きつつ応える

 その事に対して怒りや悲しみといった感情は微塵も無いようで、

 淡々とした口調だ

 今も工房では、冒険者崩れ達1人1人が悍ましき方法で純度の高い

『魔石子』へ創り替えられている真っ最中である


「先ほどお客様が言われてましたが、他所からこのヴィンダムへ流れてくる

 冒険者が増えてきているとなれば・・・」

 小奇麗な身なりの男は言葉を選んで淡々と語るが、声音からは何の

 感情も感じられない

「今のご時世は、世界全体が“闇の時代”へと突入していますから、腕に

 覚えのある方々が『迷宮』へ潜ってご利用してくださる事は

 商売人としては喜ばしい限りですよ

 現在このヴィンダムの『迷宮』で、地下5階層より下に潜られる

 お客様は中堅以上のベテランばかり

 地上や上層階層の商人の稼ぎに比べると利益は 雀の涙程ですが、それでも

 この店をこうして維持できるのは一重に“迷宮”の素材が高値で

 売れるからでしょう」

 淡々とした口調で男は語りながら、ポーション類の補充を行う

「・・・店長はこのヴィンダムの『迷宮』にもある『闇租界』へ流入が

 増える冒険者崩れも商売の“お客様”と認識なされているのですか?」

 小奇麗な身なりの男は、そう尋ねる。

 その表情と声音からは感情を読み取る事は出来ない

 しかし、それにはこのヴィンダムにある地下5階層より下で犇めいている

 冒険者崩れ達への侮蔑も含んでいるように感じられた


『闇租界』は、 “闇の時代”へと突入してからこの世界に存在する

『迷宮』内部に冒険者崩れや傭兵、ならず者達が 徒党を組んで陣取り

 定住し始めた空間を指す

 規模も『迷宮』によっては様々だが、主に地下30階層より下に

 冒険者崩れや傭兵達が定住していることが多い

『闇租界』が最大規模の『迷宮』では、徒党の数が7、80、

 多い時には100前後の集団が生活の場を構えている事もある。

 ヴィンダムにある地下5階層より下の『闇租界』は、規模が小さいため

 他の『闇租界』からはあまり警戒されていないのが現状だ

 しかし、それでもこれら集団を纏め上げる頭首の存在や数と力が

 少なくとも他の冒険者崩れ達を 束ねて勢力拡大の兆しを見せている状態で

 あり決して油断することは出来ない



 もっともヴィンダムの『闇租界』の規模が、他所のより人口密度が

 低い状態なのは限りなくこの『迷宮商人』の店が余所の勢力に

 対して付け入る隙を与えてない事と一定の確実で襲撃を

 加えてくる徒党を純度の高い『魔石子』へ創り替えている事実に 起因している

“闇租界”へ出入りしようとする冒険者崩れやならず者達の中には、この店には

 絶対近寄らないのもいるが、逆に恐れ知らずな者達もいる

「この数十年で店長が商売活動されてから、金貨にして約15万枚(約1500億円)の

 売り上げを出してるのですから、 “闇租界”の連中がこの店に

 ちょっかいを出してくる可能性が高くても不思議ではありません

 徒党の規模や人数によって違いますが、この2年で一党当たり月に

 10人から30人ほど『魔石子』へ創り替えてます

『冒険者ギルド』は、その辺りを正しく把握はしていないでしょうが」

 小奇麗な身なりの男は、初めて苦笑らしき表情を浮かべながらそう答えた。


『迷宮商人』は、小奇麗な身なりの男の言葉を聞きながら

 ゆっくりとした動作で棚にあるポーション類を 手に取り木箱へ

 しまい込む作業を続ける

「それにより稼ぎも挙がり、従業員を1人『召喚』もできました

 まだまだこれからですよ」

『迷宮商人』は、にこやかに笑う。

 それはその言葉通りこれからもっと商売を拡大させるという自信の

 表れであり 己の見通しに疑いは持っていない者の笑みだ

 そして、小奇麗な身なりの男は、そんな店主の様子を静かに

 観察していた。

「利益のみを追求しては、この先立ち行かなくなることは

 重々承知しています

『召喚』されて数年、店長の側で見てきましたが、全て店長の努力の賜物」

 小奇麗な身なりの男が言葉を紡ぎ終える


「それだけじゃない。

『召喚』に応じてくれた貴方達の協力もあったからです。

 私は、それに報いたい」

『迷宮商人』は、少し困ったような表情を浮かべつつそう語る。

 それに対し小奇麗な身なりの男は、フッと小さく笑う仕草を見せると

 視線は木箱にしまい込んだ ポーション類へ向けた

「・・・店長はいささか、変わっている『迷宮精霊』です。

 我々が知る限りの『迷宮精霊』は、我々の様な者を『召喚』しても

 消耗品程度、使い捨てる存在だと認識しています」

 小奇麗な身なりの男は、世間話でもするかの様に呟く


『迷宮精霊』―――

 その正体は、あまりにも多くの説があり定かではない

 本来は地水火風それぞれの元素の精霊界にあり、強力な

『召喚魔法』などによってこの世界へ顕現すると言われているが、

『迷宮』そのものに棲み付く『精霊』の様な存在も確認されており、その

 定義は曖昧だ

 だが1つだけ確かなのは、精霊界とこの世界を行き来できる存在である

 という事だ。

 通常、迷宮内にいる精霊は冒険者や一般人には見えない

 それは『迷宮』という場所自体が『現世』と『幽界』の境界に

 あるため であると、一部の学者は主張している。

 また精霊が宿る迷宮の“核”を破壊すると、その精霊は消滅し二度と

 顕現する事はないと言われている

 だが、それはあくまで1つの説に過ぎないのだ。


 特に“迷宮精霊”という『精霊』より上位個体を『召喚』は様々な

 条件があるらしく、“迷宮精霊”の力が強大であればあるほど

 その代償も大きくなると言われ続けている

 強力な存在とされている“迷宮精霊”の力の一つは、魔術世界における

 最高位の特殊な使役魔、『英霊』を使役する点がある

 生ける伝説の『英霊』を使役する事も、当然ながら限られてはいるが

 不可能ではない

 もっとも召喚者自体が膨大な魔力を持っていなければ使役する事も、

 召喚する事も困難である

 しかし、その力は文字通りの一騎当千であり、超常の理を知らない者では

 どう足掻こうと太刀打ちできるものではない


『迷宮商人』が用心棒として連れ歩いている護衛は、  “英霊”で『上人』なる

 称号を持つ剣聖だ

「1人くらい変わり者の『迷宮精霊』がいる方が、世の中は

 面白くなりますよ

 ・・・ま、私の事は置いときましょう

 まずは今後の方針についてですが、今後の事を考えると

 まだ従業員が足りません

 護衛の彼が居てくれるのは心強いのですが・・・・

 しばらく、貴方達にはさらなる労働を求めます」

『迷宮商人』は、小奇麗な身なりの男に向き直るとそう告げた

 その口調は穏やかで表情も優しげであるのだが、どこか有無を

 言わせない迫力がある

 用心棒は一言も今まで喋らずに『迷宮商人』の近くに佇んでおり、

 その姿勢はまさに侍そのものと表現してよいだろう。



 西大陸アウタウン第二都市“古代の都”ヴィンダム

 危険渦巻く『迷宮』内部で、冒険者パーティー相手に商いを

 生業とする男の名は、コルテン

 謎多き『迷宮商人』の正体は、迷宮に棲み付いた“迷宮精霊”である

 その正体を知る者は、今の所誰もいない


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