第4話

 この世のものとは思えない断末魔は、大鍋に大柄な男の身体が

 沈んでいくにつれ徐々に小さくなり、最後には大鍋に蓋をされた時に

 プツリと途絶えた

 冒険者崩れ達は、青白い貌をさせて一言も言葉を発せずにいた

「何しろ繊細な魔道具でね

 純度の高い『魔石子』を創るには、なかなか技術と手間暇がかかる

 いきなりお前さん達全員をぶち込んでしまうと、小魔石

『烈火石』が出来てしまうため、じっくりと時間を掛けてやる必要がある

 安心しなさい。まだまだこれからだ」

“幽鬼”のような初老の男“が、まるで世間話でもするかのような

 軽い口調で言う。

 冒険者崩れ達は、その口調に恐怖を感じずにはいられなかった。

 そして、自分達の目の前にいるのは人知を超えた何かであると

 認識せざるを得なくなった。

 人間種族や異種族などではない

 では何なのか?

 工房内の薄暗さと相まって、それが何者なのかを

 識別するのは難しい。


「俺には故郷に残した家族がいるんだ!!」

“幽鬼”のような初老の男に向かって、冒険者崩れの一人は

 そう叫んだ。

 その一言に、他の冒険者達の中にも同意の声をあげるものが

 現れ始める。

「こんなヤクザ稼業から脚を洗ってまっとうな仕事に就きますから!

 どうか命だけは!!」

 にきび面の男が、そう叫ぶと床に頭を擦りつけるようにして懇願する。

 他の冒険者崩れ達も、口々に命乞いの言葉を口にする。

 ほとんどの冒険者崩れ達は、恐怖のあまり涙や鼻水、よだれ、

 吐瀉物など身体のあらゆるものを出して汚物を垂れ流した。

「何でこんなことやってんだよ・・・お前・・・」

 吐瀉物を吐いていた冒険者崩れの一人が、ボソリと呟く

「お前さん達は気軽に待っていてくれたまえ」

 しかし、 “幽鬼”のような初老の男はそんな冒険者崩れ達の言葉に

 心を動かされる事無く穏やかな声で告げ、ご機嫌な鼻歌を

 歌いはじめながら作業台に向かった


“幽鬼”のような初老の男により、冒険者崩れ達1人1人が純度の高い

『魔石子』へ創り替えられている頃、店側では『迷宮商人』が商品の

 整理を始めていた。

 冒険者崩れ達が侵入した事で、商品に少しだが被害が

 出ていたからだ

 もっとも『迷宮商人』にとっては、ごく些細な被害で防犯設備や

 店番の従業員などの 強化、費用対効果などを考えれば損害ですらない。

 今まで幾人もの盗賊や冒険者崩れが店を襲ってきたが全て

“処理”してしてきている

 整理を終えた直後、店の扉が開いて黒いローブを身に纏い、

 フードを被った1人の若い男が入ってきた


 一目で冒険者である事が『迷宮商人』には、すぐに解った

 ただ、1人で“古代の都”ヴィンダム『迷宮』地下5階層まで潜るくらだ

 その実力は推して知るべしだ

 冒険者は中へと入ってくると、すぐさま店内を見回して何かを

 探している様子である

「いらっしゃいませ。お求め商品をご予約のお客様ですか?」

『迷宮商人』は、落ち着いた声音でそう尋ねる

 冒険者は、フードの下から鋭い視線で店内を見回すと、ゆっくりとし

 動作で『迷宮商人』へと歩み寄る

 その足取りには、一切の無駄が無くまるで訓練された

 軍人のそれだ

「この商品を予約した」

 口を開いた その声は低く落ち着いたもので、よく通るものだった

 身長は高く、180cm近くあるだろうか?

 体格はかなり良く見えるが、決して筋肉質というわけではない

『迷宮商人』を見据えながら応えつつ、皮用紙に挟んだ『予約票』を

 手渡してきた

 冒険者はフードの下から、鋭い眼光で射貫くように見つめる

 そこには、予約したと思われる商品名が記されていた



「 魔道具『伏魔殿の会席』ですね。お待ちください」

『迷宮商人』は、『予約票』を受け取ると奥へ引っ込んだ

 ほんのしばらくして、魔道具『伏魔殿の会席』が入った木箱を持って

『迷宮商人』が戻って来た

「店主、最近このヴィンダムにも他所から流れてくる

 冒険者が増えていると聞くが? 事実か?」

 冒険者は、そんな質問を投げかける。

 冒険者の間では、こういった話は情報の1つとして

 重宝されるのだ。

 無論、真偽に定かでない物も多いのだが・・・

『迷宮商人』は少し考えつつ、木箱を開けた

 箱の中には、ローブを身に纏った人の彫像が入っている

 その身体は黒い修道服風の衣装を身に纏っている事でより

 神秘的な印象を与えていた

 だが、それでも商品名は魔道具『伏魔殿の会席』である

「迷惑な冒険者崩れが増えすぎるのは困りますが、この

『迷宮』は素材を採集するには絶好の場所です

 腕に覚えのある方々が、ご利用してくださる事は商売人としては

 喜ばしい限りですよ。

 それにこのヴィンダムの“迷宮”に限れば、余所に比べて危険度は

 まだ低いですからね」

 淡々とした口調でそう答えた


 冒険者は、そんな店主の言葉に小さく頷くだけで何も応えなかった

 そしては、魔道具『伏魔殿の会席』について簡単な説明を行う

 この魔道具は1回の使用につき、およそ5時間『結界』が

 継続するというものだ

 加えて、魔力さえ通すことができれば“あらゆる時間帯”において

 効果を持続させる事が可能であるとも 語った。

 その上『結界』内であれば、魔力回復速度も通常よりも速くなるという

 それは、この魔道具の“真価”を十分に発揮できる事を意味する。

「ほう・・・」

 その魔道具を予約した冒険者は、興味深そうにその彫像を

 手に取ると様々な角度から観察しはじめる

 そして、まるでその魔道具の“真価”を見定めるかの様に

 鋭い眼光でしばらく見つめ終わると木箱の中に丁寧にしまい込んだ

 やがて、若い男は懐から金貨が詰まった革袋を取り出すと

『迷宮商人』へ代金を手渡す

「確認させていただきます―――確かに」

『迷宮商人』は革袋に入った代金を確認すると丁寧な所作で、金貨の

 入った革袋を懐へしまった。

 そして若い男は、魔道具『伏魔殿の会席』が入った木箱を

 持って退店する。

 しばらくして、『迷宮商人』は店先に閉店の看板を掲げた

「本日の営業は終了ですか? 店長」

 振り返ると、そこには小奇麗な身なりの男が、台車にポーション類を

 載せて立っていた

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