第3話
「お呼び頂きありがとうございます。店長」
“幽鬼”のような印象を観じさせる初老の男は、穏やかな声で
『迷宮商人』に礼を告げる
男の抑揚の無い声音は、喜怒哀楽といった感情の色を一切感じさせない
それはまるで生きながらに死んでおり、不気味な“人形”のようにも
見えた
「後はお願いします」
『迷宮商人』はそう告げると“火傷貌”の女性、用心棒、そして
小奇麗な身なりの男を連れ店側へ退室した
“幽鬼”のような印象を観じさせる初老の男は、『迷宮商人』達が
見えなくなるまで頭を下げ続けた
ゆっくりと貌をあげると同時に、工房らしい所から今度は
複数の人影らしきものがのそっと出てきた
ゆうに10人ほどはいる集団は、屈強な身体付きをした男達だ
全員が肉屋のような作業衣装を纏っているが、その手には
肉切り包丁や鉈などの解体道具は携えていない
代わりに鍛冶屋で使用されている様な、金槌や釘打ちの金床と
いったものを 持っていた
その貌には何の感情も浮かんでおらず、ただ淡々とした動作で
床で呻き声をあげて苦しそうに呻いている
冒険者崩れをまるで物でも扱うように工房らしき所へ引き摺って行く
その行為に迷いは無く、一切の躊躇もない
しかし、それでいて無秩序ではなく全員が極めて効率的な動きでもって、
迅速に作業を進めている事は観て取れた
引き摺られた冒険者崩れの何人かは呻き声を上げつつも、僅かに
動く片腕を使って抵抗しているように見えるが殆ど
意味をなしていない
その姿はまるで、冥府魔道からの使者に現世の生者が抵抗している
ような印象を 観じた
“幽鬼”のような初老の男は、そんな冒険者崩れ達を引き摺って行く
様子をまるで深淵を覗くかのような、底知れぬ深さと不気味さを
感じさせる瞳で見送ると口元に薄い笑みを浮かべた
そして、ゆったりとした動作で工房らしき所へ戻っていく
薄暗い工房内は、酷い臭いが充満していた
動物の腐敗臭にも似た臭いが鼻腔を刺激したのか、13人の
冒険者崩れが意識を取り戻し貌を顰めながら
起き上がろうとした
が、手首を縛られているため起き上がれない。
「ここはどこなんだ?!」
13人の冒険者崩れ集団の中で、貫禄のある男が声を発した。
その男は、茶色の髪に口髭を生やして精悍な
貌立ちをしていた
「何で俺達は縛られてんだよ!!」
それに呼応するように、集団の中で2番目に体躯の良い男が声の
トーンを荒げて叫ぶように言葉を発した
瞬間、天井付近に『光の玉』が浮かびあがった
光はさほど強いものではなく、それはかえって工房内の闇を深くして
怪しげな雰囲気を 醸し出す結果になった。
縛られて床に転がされている冒険者崩れ達の眼に飛び込んできたのは、
天井から吊り下げられた複数の カンテラが
作業台らしき物を照らし出している光景だった
そのカンテラはまるで人魂のような妖しい光を放っており、工房内を
不気味な雰囲気で包み込んでいる
照らし出されている台の上には、無数の鍛冶道具が
整然と並べられていた
冒険者崩れ達は、その異様な光景に言葉を失った
そんな中、次に視界に入ったのは大鍋だ
中では、真っ赤な色のドロリとした液体がグツグツと煮えて
強烈な刺激臭と鉄錆を思わせるような臭気を放つ
その大鍋の傍らには大きな金床が置いてあり、その手前には
大きな槌が 置いてあった
何名かは無意識のうちに、不自由な身体を捩ったり貌を
歪めたりしていた
「お前さんら、運がなかったなぁ」
“幽鬼”のような初老の男は、何の感情も浮かべていない
表情でゆっくりと床に転がされている13人の冒険者崩れ達へ
歩み寄る
足取りは、まるで“幽鬼”のように不確かで不気味だ
しかし、それは確かに恐怖に耐えている13人の冒険者崩れ達へと
近づいている
“幽鬼”のような初老の男は口元に、わずかな笑みを浮かべながら
冒険者崩れ達の中から、自由になっていれば飛び掛かろうとしてきそうな
5人の様子を念入りに観察する
そして、一番最初に目を付けたのは集団の中でまるで巌を
連想させる体躯の大柄な男だ
“幽鬼”のような初老の男は、両手を使っていとも簡単に
腹ばいの状態にした
天井の梁には横に一つさらに太い角材が渡してあり、そこに滑車と、
物を吊り上げるためのロープがあった
“幽鬼”のような初老の男は、そのロープを滑車にかけて
角材に通して輪っかを作ると巌を連想させる体躯の大柄な男を
吊り上げる
縛られたまま軽々と空中に持ち上げられると、たちまちのうちに
巌を連想させる体躯の大柄な男の全体重が肩にかかり
それを支えきれない関節がミシミシと 嫌な悲鳴を上げ始めた。
それでも、天井から吊るしたロープは軋む音すら立てずにピンと
張りつめたまま だ。
まるで重力など無いかのようだ。
「おい!何をするつもりだ!?」
茶色の髪に口髭を生やして精悍な貌立ちをした男が、小刻みに
震え額にぬめりを帯びた汗を吹き出させながら
叫ぶように大声をあげた。
「何も怖がることはないぞ?」
“幽鬼”のような初老の男は、そんな様子など気にも
留めずに言いながらゆっくりとロープを操作を続ける
宙に浮いた巌を思わせる大柄な男の身体がゆっくりと
移動を始める
その行く手には、真っ赤な色のドロリとした液体がグツグツと
煮えて強烈な刺激臭と鉄錆を思わせるような臭気を放つ
大鍋があった
それは、まるで地獄の釜の様だった
宙に浮いた大柄な男も、床に転がっている残りの男達も
これまでに感じたことのない恐怖のいずれよりもさらに深い
恐怖を感じ取った
大柄な男は、自由になる身体であらん限りに暴れて抵抗するが、そんな
抵抗などまるで意味が無いとでも云うようにロープはびくとも しない
「ふざけんなよ!!てめぇ!?」
床に転がっている残りの男達の中で、にきび面の男がほとんど
裏返った声で叫んだ
「だから何も怖がる必要は無いって言っているだろう?
この大鍋は“常闇の向こう側”の『魔界商人』から、店長が大金を
払って購入した『魔石変換製造』だ
手に入れるのも難しい超が3つ付くほど高価な代物だぞ?
しかも、この大鍋は使い勝手が良いように改良に改造を重ねて、手入れも
十分してある」
初老の男“幽鬼”の男はそう言う
「やめろ!? ナニする気だっ!!」
床に転がっている残りの男達の中で、再び
にきび面の男がほとんど裏返った声で 叫んだ。
眼の前の男が何を言っているのか理解できないのだ。
いや、理解できないのは冒険者崩れ達全員だ
「『魔石子』を作るんだよ
何しろオーダーメイドの武具注文品の多くは、『レジェンダリー』級ばかりだ
それには高品質な魔石、つまり純度が非常に高い『魔石子』が
必要なんだよ」
初老の男“幽鬼”の男は言いながらも、ゆっくりとロープを
操作する手を緩めない。
「どうかしてるぜ!?」
茶色の髪に口髭を生やして精悍な貌立ちをした男が、天井付近の
“光の玉”に照らされた貌を真っ青にさせて絶叫する。
冒険者崩れ達がこの店を襲撃したのは、その『レジェンダリー』級の
武具商品を取り揃えた“迷宮商人”が“古代の都”ヴィンダム『迷宮』地下5階層
にいるという情報があったからだ
事実、『迷宮』地下5階層より階層下へ挑もうとする冒険者パーティー達は、
この店で販売されている武器防具類を装備している
そして冒険者達の間では、この店と店主の『迷宮商人』は有名な事実である
上層階層の“迷宮商人”とは取り扱っている商品が、高品質だという事がだ
「お前さんらは、『レジェンダリー』級武具商品を略奪するために
この店を襲撃したんだろうがそれは
店長を上層階層の“迷宮商人”の様に甘く見ている」
“幽鬼”の様な初老の男は、ロープを操作しながら言う。
冒険者崩れ達は、その言葉に一斉に『何を言ってやがるんだ?』とでも
言うような貌になった。
「何を言って・・・」
赤い貌の男が、震える声で言い返した
「まあ、それはお前さん達には関係がない事だ
それよりも気になるのは、純度が非常に高い『魔石子』の方が
気にるんじゃないのか?
純度の高い『魔石子』を製造するには、一つだけ材料が必要だ」
“幽鬼”の様な初老の男は、宙に吊るしている大柄な男を丁度
大鍋の真上まで移動させるとそう言った
大柄な男は口からは泡を噴き始めながら、猛烈な絶叫を発する
「それは何だよ!?」
茶色の髪に口髭を生やして精悍な貌立ちをした男が、震え上がり
ながら大声で言う
「 『
特にお前さん達の様な、魂も精神も汚れて祈った所で
救えないほど闇深い『
“幽鬼”の様な初老の男“は、そう言いながらゆっくりと宙に
吊られている大柄な男を大鍋の中に放りこんだ
冒険者崩れ達の眼に飛び込んで来たのは、鮮やかな紅い色をした
粘性のある液体の中で徐々に、身体全体をその紅い色に変色させていく
男の凄惨な姿だった
断末魔の悲鳴が工房内に響き渡る
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます