第2話

 ―――『迷宮商人』達が向かったのは、地下5階階層の奥まった

 場所にある大部屋だ。

 そこは他の『迷宮』と比べて、大部屋そのものが数少ない安全地帯の

 一つとなっている。

 その大部屋が古代の都”ヴィンダム『迷宮』内で商売を行っている

『迷宮商人』の店舗でもあった


 大部屋内には多種多様な武器や防具が所狭しと並べられ、隅の方には木箱や

 樽が置かれていた

 その中にも様々な商品が収められている

 壁際には、業物の刀剣や槍、弓、斧、棍棒などの武器が立て掛けられて、

 その武器はどれも手入れが行き届いている

 見る限りでもそれらの商品は破格の性能を誇り、高値で取り

 引きされる一品ばかりだ

 中には、古ぼけているように見えるが“魔力”や“霊験あらたかな

 加護を宿しているという刀剣も何本か展示されている

 また防具類が陳列されている区画と宝石類や貴金属などの宝飾品に加工された

 アクセサリーなどが置かれている区画と分かれており、別々の

 カウンターが用意されていた

 それらの商品も迷宮層階層の“迷宮商人”や外の武器防具店では、あまり

 お目にかからない珍しい品ばかりである


 例え売り出されていても、それ相応の“値段”が付いている

 武器や防具といった商品ばかりではなく、ポーションや

 スクロール、巻物やアクセサリー類といった商品が陳列している

 区画も別にある

 その区画には、『迷宮』に棲息している魔物から採取できる希少素材や

 採取道具も取り扱われている。

“素材”や“鉱物”の類いは、武器防具店では滅多にお目に掛からない代物だ


 それらの区画を通り抜けるように歩きながら、『迷宮商人』は店奥へと

 歩みを進める

 背後には“火傷貌”の女性と用心棒が付き従っていた。

 進んでいくと、工房もあるのか小気味良い金属を打ち付ける

 音らしきものが響いてきた

 聴こえてくる先には、一つの扉がある

 扉の左右には、屈強な男が2人立哨していた

 特に物々しい雰囲気をまとっているわけでもないが、常に

 剣呑な雰囲気を放っている

 服装は『迷宮』へ潜る冒険者の様な装備ではなく、武具店の従業員を

 彷彿 とさせる格好だ。


 彼らは、扉の左右に立っているだけではなく見張りとしての

“役割”も担っている

『迷宮商人』の姿を認めると、2人の男は畏まった様子で頭を

 軽く下げた

 立哨している男が恭しく扉を開けると、用心棒が会釈を返して無言で

 扉をくぐり抜けるように入室した

 それに続いて『迷宮商人』がくぐり抜けて、最後に“火傷貌”の女性が

 入室した

 直後に、2人の男は静かに扉を閉めて再び左右に分かれて立哨を続けた


 足を踏み入れると、そこには小奇麗な身なりの男が1人いた

 表情は一見すると、温和そうで人の良さそうな印象を受けるが、

 身体から殺気を滲ませた威圧感を放っている事から

 善人と一概には判断しづらい

 なにせ、その足元には薄汚れた格好の冒険者崩れ達が

 13人も転がっているからだ

 小奇麗な身なりの男を注意深く観察すると、鍛え抜かれた身体に

 革鎧を身に纏っており、その隙の無さはまるで熟練した狩人のようだ


「お疲れ様です。店長」

 小奇麗な身なりの男は、深々と頭を下げて“挨拶”した

「ご報告を」

『迷宮商人』が尋ねながら、視線を転がっている冒険者崩れ達に

 向ける

 縄で両手首を後ろに回された13人の冒険者崩れは、全員が意識を

 失っている状態で時折苦しげに貌をしかめたり、呻き声を

 漏らしている

 誰も死んでいない事が不思議なくらいだ

「彼らは、 “古代の都”ヴィンダムの『迷宮』に潜り始めてから

 半年ほどで落ちぶれて畜生働きで味を占めたろくでなし共です

 この店の噂を上層階層で聴きつけて、直接押し込み強盗を

 目論んだのでしょう

 碌な連携もとれない寄せ集めの集団ですから、すぐにボロが出ました」

 小奇麗な身なりの男は冷静に事の次第を説明した。

 それは予め状況を読んでいたかのようで、淀みがなく明瞭かつ

 流暢な口調だった。



「そうですか」

『迷宮商人』は、小さく嘆息すると倒れ伏す冒険者崩れ達に

 視線を落とした

 その眼差しは、どこか空虚さを感じさせるものだ。

 しかしその一方で、その瞳の奥ではまるで何かが静かに

 燃えているような印象を観じさせる

 それは正に獲物を狙う狩人の眼だ

 そんな意志の強さを感じさせるものを瞳に宿していながらも、何故か

 覇気といった“熱意”を感じさせない双眸だ。

 それはまるで研ぎ澄まされた刃を連想させて、冒険者崩れ達を

 恐怖させるには充分な眼力だ


 その視線を遮るように “火傷貌”の女性が『迷宮商人』前に立つ

「店長、この招かねざる客達の処分は、『いつも通り』行って

 よろしいでしょうか?」

“火傷貌”の女性が、淡々と“業務連絡”でもしているかのように尋ねた

 だがその口調には一切感情が感じられず、何の感情も反映していない

 その瞳は冒険者崩れを見据えており、それすらも興味が失せたように

 凍りついている

 まるで、氷像の眼だ

 その眼差しは、一切の感情を削ぎ落としたような無感動さだ。


「僕は善人ではないので」

 『迷宮商人』は淡々と、短く返答した

「承知しました」

“火傷貌”の女性が応じると、懐から小さな

 笛を取り出した

 口に咥えると、ピィーッと甲高い音を鳴らす

 その瞬間工房らしい所から人影らしきものが、のそっと出てきた

 人影は、ゆったりと 『迷宮商人』へ近づくと恭しく

 頭を深々と下げる

 ゆっくりと貌をあげたのは、初老の男の貌だ


 やや緩んだ頬は無精髭に覆われ、『迷宮商人』を見据えた眼は

 異常なほどに澄んでいた

 いささかの濁りさえ無く、それが返って潜む狂気を際立たせる

 その所作には一切の無駄が感じられず、まるで洗練された

 舞踊のような流麗さだった

 しかしそれは、見る者にある種の違和感を否応なく与えてしまう

 何故なら男の貌には一切の表情が浮かんでおらず、ただ口元だけが

 笑みの形に歪んでいるからだ

 そして何よりも、その眼は笑っていない

 いや笑うという機能すらないのかもしれない、とさえ思わせるほどに

 無感動な眼差しだ

 服装は黄色の解体作業用エプロンと手袋を身に付けている

 その佇まいは、まるで“作業人”だ

 が、何処か“幽鬼”のような印象を観じさせた

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