鏡の意味を持つ幻影蠱惑の連鎖刃《れんさじん》――⑦


 ◇


 はがねに選ぶのは、鉄にニッケルを多く溶かし、コバルト・モリブデン・チタンを練り込んだ、炭素をほとんど含まない【マルエージング鋼】。


 鍛冶場では『柔らかな鋼ソフト・アイアン」と呼ばれるほど扱いやすい。


 炭素をほとんど含まないこのはがねは、炭素原子が鉄格子てつごうし(金属結晶の格子構造)の中に過飽和かほうわに閉じ込められることがないため、精錬せいれん工程において割れやひずみを恐れる必要がないほど扱いが容易であり、また冷却過程においても変態膨張へんたいぼうちょうが小さく「り」「曲がり」が起きにくい。


 ただし――……。



「さあ、時をわせよう」



 に入れ、800~900℃ほどに熱する。


 精錬段階で混ぜる素材マテリアルには、――【仮面の雄羊ミューレノクサルム霧幻嚢むげんのう】を使用する。


仮面の雄羊ミューレノクサルム】が吐く【幻影蠱惑げんえいこわくの霧】を生み出す、竜の火嚢かのう(高濃度の炭化水素系液体を生成する袋状臓器)に似た素材マテリアル。これを混ぜ合わせ、叩き上げる。


 鍛冶における焼入やきいれと急冷きゅうれいは、はがねの炭素原子が結晶構造から拡散かくさんする時間がないまま、ひずんだ結晶構造(体心正方格子)に閉じ込められることで起こる「硬化こうか」を目的とした工程だ。


 しかしマルエージング鋼は炭素をほとんど含まないので、焼入れ→急冷してもマルテンサイト化が起こらず「硬さ」がしょうじない。


 ゆえ空冷くうれいで充分。炭素を持たないので割れもなく、滑らかに冷える。


 ――――だがこのはがねが扱いやすいのは、ここまで。


 時をわせる時間だ。


 マルエージング鋼の強さを呼び覚ますには、こののち、480~500℃で数時間、じっと炉の余熱にさらすことが求められる。


 鍛冶職人はこれを「鋼に時をわせる」と呼ぶ。


 時をわせるにつれ、鋼の内に無数の金属間粒子が星のように芽吹めぶき、転位てんいからめ取ってゆく。


 目を離してはいけない。


 意識をらしてはいけない。


 片時でも温度をあやまれば、金属間粒子の芽吹めぶきは不完全となり、その瞬間、低質なはがねへと変貌してしまう。


 連鎖刃れんさじん


 大剣のやいばが複数のふしに分かれていて、戦闘中にくさりのように分離してむちのように振るえる武器だ。


 マルエージング鋼は、鎖構造での負荷や繰り返しの応力おうりょくに強く、連鎖刃れんさじんはがねとして理想的だった。



『ぜっっったい、はがねは【マルエージング鋼】を選びたい! 生物臓器であるにも関わらず、【仮面の雄羊ミューレノクサルム霧幻嚢むげんのう】を素材マテリアルに使うにおいて、これ以上の融和性ゆうわせいを見せるはがねは他にないと思う!! だとすると、武器形状は連鎖刃れんさじんが適切だね。――個人用の武器パーソナルブレイドつくるにおいて、これほどの制作難易度が要求される武器はそうそうないけど――兄貴アニキなら、できるでしょっ?』



 目を離してはいけない。


 意識をらしてはいけない。


【そのはがねがこの世のすべて】


 時をえ。


 え。


 ボクの生きている時間そのものを。


 ボクの思い、熱、力、丸ごとに――――。



 ◇


 

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