第3話 木こりのジョーダン

「村長さん、どうしよう。俺……お、俺……人を殺してしまった」

 

 荒い息で飛び込んで来た木こりのジョーダンは、両手で頭を抱え呻くように衝撃の告白をした。




 ◇◇◇




 カァーン カァーン カァーン


 森に斧で木を伐る音が響く。

 朝の清々しい空気の中で木を伐るのがジョーダンは好きだ。

 木を伐る時の音もジョーダンは好きだ。


 ジョーダンの仕事は木こりだ。

 朝早くから森に入り木を伐る。伐った木の枝を落として午前中の仕事が終わる。

 独り者のジョーダンは、自分で作った弁当を食べ昼休憩をとる。午後から森に入る者達と合流して少しだけ働き、まだ日が明るいうちに家路につく。

 それがいつものジョーダンの日常だった。


 この日の森の中も、いつもと変わりはなかった。

 小鳥の鳴き声が聞こえ、虫や小動物の気配がして、空気は清々しかった。


 ジョーダンが枝を落とす作業をしていると、遠くに隣村の知人の姿が見えた。

 挨拶をしようにもジョーダンに気づいていないようだったので

 「おーい!」と声をかけると、

 隣村の知人はグリンと音がしそうな勢いで首がこちら側を向き、そのままの不自然な体制でジョーダンのいる方向へ歩き出した。 


 隣村の知人は友人というほど親しくはないが、それなりくらいの親しみはあった。快活とはいえないまでも寡黙なわけでもなく、時に軽口を叩くくらいはする男だった。


 それなのに、今こちらに向かって歩いている男はどうだ。

 「あぁぁ」「うぅぅ」などの意味をなさない声を発しながら歩いてる。

 最初はふざけているのかと思った。だが近づくにつれ、そうではないことがわかった。

 顔色は悪く虚ろな表情なのに、なぜか獲物を見つけた獣のようにまっすぐこちらに向かってくる。


 ジョーダンは恐怖した。

 すぐさまにでも走って逃げだしたかったが、足が動かなかった。

 危険な野生動物と対峙した時は「背中を見せると襲われるから目を離すな、後ろ向きに逃げろ」という教えが浮かんだ。相手は野生動物などではない、人間なのに。おかしなことだ。

  だが、じわじわと近づいてくる様子のおかしい隣村の知人から目が離せなかった。硬直した足を叱咤して、少しずつ後退する。

 後退しながらも、震える声で普段の隣村の知人に対するように話しかけてみる。


 「やあ、こんなところでどうした?」


 隣村の知人は相変わらず知性も理性も感じさせない「あぁぁ」「うぅぅ」などの意味をなさない声を発するだけだった。

 隣村の知人とジョーダンの間で、ついに手が届きそうな距離まで近づいた。


 「ガアァァァ」

 と大きく口を開けて、隣村の知人はジョーダンに襲い掛かってきた。

 

 ジョーダンは咄嗟に手に持っていた斧で隣村の知人を殴りつけたが、理性も知性も失っているような隣村の知人は怯まなかった。倒れながらも隣村の知人はジョーダンに襲い掛かろうと手を伸ばし、足をつかんできた。身の危険を感じたジョーダンは、つかんできた隣村の知人の腕に斧を振り下ろし手首から先を切り落とした。

 それでも隣村の知人はジョーダンに襲い掛かろうとするのを止めない。


 恐怖するジョーダンの視界の端に、隣村の知人の嫁さんと子供の姿が映った。その姿は今まさにジョーダンに襲い掛かろうとしている隣村の知人と同じように、顔色が悪く理性も知性も感じさせない虚ろな表情なのに獲物を見つけた獣のようにこちらに向かって一直線に歩いていた。


 パニックに陥ったジョーダンは、手に持っていた斧をめちゃくちゃに振るった。

 めちゃくちゃに振るわれた斧が偶然隣村の知人の首を斬り飛ばした。それでようやく隣村の知人は動かなくなった。


 襲われたショック。人を殺したショック。迫りくる隣村の知人の嫁さんと子供。他にも様子のおかしい奴らの姿が見える。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 叫び声をあげてジョーダンは走った。もつれる足を気にする余裕もなく走った。走って走って走って、そうして村長の家に転がり込んで来たのであった。




 ◇◇◇




 「俺、お、俺、どうしていいかわかんなくなって。村長に相談しなきゃっと思って……。俺……、お、俺……、ど、どうしたらいいんだ」


 森での出来事を説明したジョーダンは、縋るような目で村長を見た。

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