第18話 寝取り男の裏の顔、全部聞いたらサイコパスだったんだが


 俺は今、体育館裏で、泣きそうな詩乃と向き合っている。


「……無理に聞こうとは思ってない。

 けど、もし話したいって思ったら……そのときは、聞かせてくれ」


 できるだけ気取らずに自然に言った。


「……あれ、全部、嘘なんです」


 その声は、すごく小さかった。


「直哉さんが、私のこと少し惚れてるから利用してるって……。

 あれ、神崎さんの前だから、そう言うしかなかったんです……」


 詩乃は言った。いや、しぼり出した。

 それが、どれだけ勇気の要る言葉だったか。


 たぶん、俺より本人がいちばん分かってる。


「……本当は、あんなこと言いたくなかったんです。

 “利用してる”なんて、言ったあとすぐに……胸がぎゅってなって……」


 そう呟いた彼女は、目を伏せて、ぎゅっと拳を握りしめてた。


 あの繊細そうな手で、人一倍、強がって生きてきたんだな……。


「直哉さんには、嫌われたくなかったから……余計に、怖くて……」


 ……いや、それ言われたら、もう無理だわ。

 許すしかない。ていうかむしろ愛おしさが増すまである。


 でも俺は、変にふざけずに真面目に聞いた。


 詩乃はそっと視線を落とす。


「前に話した通り、妹がいじめられてた時、神崎さんが助けてくれて……。

 そのことがきっかけで付き合い始めたんです」


 それは確かに聞いた。


「でも……付き合いっていうより、あれは――義務、みたいなものだったのかもしれません。

 “助けてもらったんだから、恩を返さなきゃ”って……思い込んでたんです」


 詩乃は、うつむいたまま、言葉を継いだ。


「それに、今だから言いますけど。

 本当は妹の件は神崎さんが裏で糸を引いてたらしいんです……。

 3か月前に、妹の柚葉ゆずはがあるきっかけから知って……。

 でも、推測だけで……証拠はないんです……」


 本当に神崎脚本説あってたのかよ!?


 いや、まあ薄々そうじゃないかとは思ってたが、

 詩乃の口から改めて言われると驚くな。


「それで絶対に別れる覚悟で“もう無理です”って伝えたことがあるんです」


 そこまで聞いて、俺は息がつまる。


「でもその時、神崎さん、急に怒って……」


 ――ああ、やっぱり。


 詩乃が口にした言葉は、想像の上をいっていた。



 “じゃあ俺が妹を助けたの、無駄だったって言うのか。最低だな”


 “いじめの主犯が俺? 詩乃が証拠もなしに、そんな事を言う子だと思わなかったよ“


 “お前って結局、誰の事も本気で好きになれないんだよ“


 “それに、そんなこと言ったら、学校中に広めるよ? お前が俺に色目使ってきたって”


 “もっと色んな噂広めるかもな。そうしたら、もうお前、学校にいられなくなるよ?“



「……そう言われたんです」


 なんだそれ……?


 無理やり付き合わせておいて、“本気で好きになれないヤツ“呼ばわり……?


 挙句に、別れたら悪い噂広めて学校にいられなくする……?


 神崎、お前、終わってるよ。

 クソ性格・オブ・ザ・イヤー殿堂入りおめでとうございます。



「それからは、もう何も言えなくなりました……」


 自分を責めるみたいな声でそう言って――詩乃はまた、うつむいた。


 こんなの、支配だ。

 恋愛でも、恩でも何でもない。


「それに……これも柚葉ゆずはが調べてくれた事なんですが。

 神崎さんが奪った別の学校の女子が、私よりもっと酷い精神的DVを受けて、学校にも相談したらしいんです」


 そこで詩乃は一度、唇を噛みしめる。


「でも、次の週には“前の彼氏に暴力を振るったクズ”とか“警察にお世話になった問題児”って噂を流されて……。

 SNSで、顔写真付きでまとめ垢っていうのにも拡散されたそうなんです。

 親や先生の耳にも入って、完全に“問題児扱い“されて、神崎さんへの悩みも嘘話だと処理されちゃって……。

 もう居場所がなくなって、転校するしかなくなったって……」


 ただの噂で、人の居場所を奪える?

 そんなの、暴力よりよっぽど残酷じゃないか。


「あと、どうも私の事を把握しすぎていて。

 “体育の時、靴下変えたでしょ? そういうところ、ちゃんとしてて好き”とか……。

 “昨日の下校中、髪触る回数がいつもより多かったね。昨日眠れなかった?”って言われて……。

 そこまで私の事、観察してるのが……怖くて……」


 おいおい、きつすぎるだろ……。

 表では優等生、裏ではストーカーとか、ギャップ萌えにも程があるだろ。


「どこまでも優しい言い方でした。

 でもその優しさは、私を閉じ込めるための鍵みたいに感じて。

 笑ってるのに、言葉の奥が怖くて、私の呼吸が浅くなる感覚……あれだけは忘れられない……」


 詩乃は、かすかに震える声でそう呟いた。


「なぁ、あいつが詩乃に言った暴言――詩乃が別れたいと言った際に返された言葉を、今度はスマホでこっそり録音して、

 警察に提出するとか、出来ないのか?」


「……無理なんです。

 あの人って、一線を越えることを言う時は、必ず人目のない場所を選ぶんです。

 カラオケみたいな、録音されにくい場所ばかり」


 言葉を吐き出すたび、詩乃の声が低く沈んでいく。

 思い出すこと自体が心を削っていくかのようだった。


「私が別れ話をした時も個室の飲食店で、私のスマホを“話の間だけ貸して”って言って取り上げて。

 さらに周りをよく確認して、“他に録音できそうなものないよね?”って。

 最初は私だけかと思ったけど、柚葉が調べたら、他の子にも同じことをしてたらしくて……」


 そこまでするか。

 思ってた以上にヤバい相手だな……。


「なら、さっき詩乃と神崎がしてた会話を録音して、いくつか持っていけば警察も動いてくれるんじゃないか?」


「それはもう、やりました。

 柚葉とお母さんと一緒に警察に行って、相談したんです。

 生活安全課の人が記録は残すって言ってくれて、ストーカー相談の窓口も勧められて、それで一応学校にも連絡は入れてくれたんですけど……。

 “これだけじゃ脅迫とまでは言い切れない”って。

 結局、“民事不介入“って言われて何も変わらなくて……。

 お母さんにも心配だけさせちゃっただけで……」


 詩乃は感情を押し殺したように淡々と続けるが、視線はずっと膝の上から上がらない。


「その件で、学校も何度か神崎さんを呼び出して話したらしいんです。

 担任やスクールカウンセラーや生徒指導担当の先生が。

 でも、彼が“誤解です”って言ったらしく、もうそれ以上は何も……。

 結局、学校も“しばらく様子を見ましょう”って言うだけで、それ以上は動いてくれなくて……」


 ……マジかよ。

 こんな状況でも学校も警察も、何もできないのか。


 目の前でこんなに怯えてるのに仕方ないで終わりなのか……。

 気づけば、怒りと悔しさで手が震えていた。


「神崎さん、生徒会の副会長で、親や先生、生徒会役員やクラスメイトには“俺、彼女を守ってるだけなんです”って言ってるみたいで、すごく信頼されてるんです……。

 それに、彼のお父さんは市議会議員の家系で、学校にも顔が利くらしくて、

 お母さんは地元の有名な企業を経営していて、学校にも寄付してるって噂もあって。

 だから先生たちも逆らいにくいようで……」


 そう、知っている。

 神崎は表向きは、超いい人ムーブ全開だし、両親も完璧超人なのが厄介だ。


「……悪い噂も、私が警察へ行った件などで一部では流れてるんです。

 でも、そんなの信じる人は少なくて……」


 詩乃は、笑ってるのに泣きそうだった。


「私が無理やり別れたら……悪者にされるのは、間違いなく私の方なんです。

 学校を辞めなきゃいけないぐらい、私の立場はなくなります……。

 それが、ずっと怖くて……ずっと、抱えてた」


 詩乃は、涙は流していなかった。

 でもその瞳は、誰かに助けを求めるように、俺を見つめていた。


 今日、全部話してくれたのは、

 信じてくれたからか、限界だったのか――


 どっちにしても、覚悟のいることだったと思う。


 だから――俺はもう、彼女をこんな地獄に置いたまま、見てるだけの男じゃいられない。


 俺は詩乃にかける言葉は、決まっていた。

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