第2話 お揃い

「華!本当に大丈夫!?」

「大丈夫だよ!」


 雑貨屋を出て、夏海の家に帰って来たのは良いがもう30分もこの台詞を繰り返している。


「やっぱり華の身体に傷を付けるなんて無理!!」


 そう。まさかのピアスの穴を開けるに至り、何故か夏海が一人騒いでいる不思議な状態に置かれて居て困惑してしまう。

 多分、当分の間、夏海は私の耳たぶにピアッサーを当てた状態で騒いでいるだろう。


 そんな事を考えながら、夏海の部屋を眺めた。ロココ調の高そうな家具が沢山有って、まさに理想のお部屋。

 ベッドの横には大きな飾り棚が有り、価値の有りそうなテディベアーが所狭しと並べられている。

 初めて夏海の部屋に入った時、この部屋が羨ましくて仕方が無かったっけ……

 この部屋が似合う夏海も羨ましかった。

 何より明らかに高級な毛並みの猫が部屋をうろちょろしてる光景に癒される。


 て、あれ!?

 そう言えば夏海はシンプルな物が好きだったはず。なのに、この部屋は夏海の趣味と真逆の部屋なのでは?

 

「夏海の部屋って、凄く可愛いよね」


 違和感を感じたから、なんとなく探ってしまう。


「私、この部屋嫌い……なんだ」

「えっ!もう私の部屋と交換して欲しいくらいだよ!!」

「私はフリフリしたのとか、ぬいぐるみは苦手。シンプルザベスト!!」

「じゃあ、何故この部屋にしたの?」

「パパの趣味なんだよねえ」

「え?」

「うちのパパ、女の子は可愛い部屋に住みなさいって、自分の考えを押し付けてくるの!私はシンプルな部屋が好きなのに此処は落ち着かないよ……」


 私からしたらこんな可愛らしい部屋を与えられる夏海が羨ましい。ただ、夏海からしたら相当なストレスなのかも知れない。


「あっ!」

「どうしたの?」

「え!?気付かないの?」

「何が?」

「ピアス開いたよ」

「え!嘘!?全然痛く無かった、よ」

「なんだぁ、もう!気を使って損した!」

「損なんて言わないでよ、もう!!」


 ピアッサーをゴミ箱に捨てた夏海は私の耳たぶを消毒して、ピアッサー専用のピアスを取ると夏海とお揃いのピアスを付けた。

 穴を開ける時よりこっちの方が痛い。

 

「私本当はね……」


 夏海が深刻そうな表情で私を見つめる。

 伏せた瞼が影になり、長い睫毛の影が出来てそれに見惚れた。


「うん」

「髪切りたいの」

「へっ!?髪!?」


 夏海の甘栗色の真っ直ぐな髪の毛はとっても綺麗。でも、それは、夏海にとってはただ邪魔なだけの存在でしか無かったんだと知った。だって。


「これも、パパの趣味!女の子は髪が長いのが素敵だからって切らせてくれないの……」


 私は女の子らしい、美しい夏海が羨ましかった。でも、確かにそれを強制されたら苦しくなっちゃうよ。夏海の母親は虚育熱心な黒髪が綺麗な女性でお父さんは整った顔のハーフの男性。

 この家族を目の当たりにした時は、勝ち組の遺伝子なんだなと圧倒されたけど、何処に産まれても、恵まれているように見えても苦悩はあるのだろう。

 その証拠に夏海が凄く辛そうな表情をしていたから、ギュッと抱き締めると洗剤の香りが鼻をくすぐる。やばい、凄い良い匂い。


「夏海はどんな髪型にしたいの?」

「べ……、ショートヘアーにしたい」

「ショートかぁ、夏海は本当に綺麗な顔をしているから短いヘアースタイルも似合うだろうな!!」


 可愛い子はショートが似合うなんて言葉を良く聞くし、見てみたい気もする。


「大人になって家を出たらバッサリ切るんだ。こんな、邪魔な髪!!」


 子供の髪型迄強制する親。そう考えたら、理想像だった家族に対し、何とも言えない気持ちになるのは何故だろう。

 髪型、部屋以外にも色々ルールみたいな物が有るのかも知れないそう考えたら、夏海が鳥籠に閉じ込められた小鳥のように見える。

 羽先を飛べないようにカットされた、美しい鳴き声の鳥。


 「わぁぁ!!」


 夏海に対し同情していたのかも知れない。悲しい気分になった私を元の世界に引き戻してくれたのは、夏海の嬉しそうな声だった。


「え!どうしたの!?」

「だって、ピアスお揃いなのが凄く嬉しく、て、、、」


 今迄、夏海が泣いた顔なんて見た事が無い。でも、今の夏海の瞳は明らかに潤んでいて、私と一緒の気持ちなのだろうかなんて考えてしまう。

 ロココ調のドレッサーの前に並んで立った私達。お互いの耳にはお揃いのピアスが付いている。それが、友達の証みたいで嬉しくて嬉しくて堪らない。

 私は、心の片隅で常に孤独感を感じている。胸にポッカリと空いた穴は埋める事は出来ないが、このピアスを見る度に穴の痛みを和らげてくれるだろう。

 お揃い。ただ、その事実が嬉しい。


 お揃い。その言葉で思い出されたのは、お揃いで購入したキーホルダー。

 急いでバッグを置いた場所に向かうと、綺麗にラッピングされた袋を取り出した。


「こ、これっ……」

「ありがとう。凄く嬉し、いっ……」


 夏海の言葉に嘘偽りが無いのが分かる。だって、ラッピングの袋のシールを丁寧に剥がし、それまで大切そうに机の引き出しに直している。ここ迄大切にされるとこちらも嬉しくなってしまう。舞い上がってしまう。


「ずっと、一緒に居るけどお揃い初めてだ、ね」


 耳たぶで光るピアスが__

 カバンに付けたなんて事の無い、キーホルダーが__


 大切で愛おしい

 

 嬉しい気持は引く事無く、熱を帯びたまま家に帰ると洗面所の鏡を見つめた。

 地味な私がピアスなんて、とんでもない事をしたような気分になってしまう。

 似合わないから不安にもなってしまう。

 それでも、このピアスは私にとっての宝物。でも、今のおさげスタイルじゃ耳たぶでキラキラ光るピアスが丸見えだ。


「あ、明日から、髪型変えなきゃ!!」


 一応高校の校則では、ピアス禁止になっている。まあ、今日見た限りそれを守ってない生徒も一定数は存在して。

 夏海もそうなんだけど。


 いかにも、地味な私が校則を守らないのはルール違反な感じがする。いや、本当は堂々と夏海とお揃いのピアスを付けて学校だって行きたいのだが、私のイメージ的におかしいよね。

 だって、校則違反をしている生徒はスクールカーストで言うならピラミッドの頂点に位置するようや生徒ばかりな訳だから、困り果ててしまう。


「耳を隠したい!!」


 そう叫びながら、一階に降りると料理の準備をしている母親に近付き、美容室に行きたい事を伝える。

 髪型を変えたい。勿論何の障害も起こる事無く、お金を渡され最近出来たばかりの気になっていた美容室に向かう。

 ロングヘアーにしてからあまり髪を切らなくなったから、少し久々の美容室。

 と、いうか、元々美容室に居る時間は拘束されている気分になる為に苦手だ。

 ただ今は耳を隠すヘアースタイルにしたい為、無理をして扉を開けた。

 緊張感が凄まじい。


「あの、予約してないのですが大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ!これを記入して下さい!」


 何だが、若いスタッフしか居ない、お洒落な空間が私を拒否している気分に陥り逃げたくなってしまう。こんな事なら、何時も行き慣れている美容室に行っておけば良かったとパニックになってしまう。

 でもね、ここならこんな私でも少しは可愛くなれるんじゃないかと期待してしまったの。笑われちゃうよね?

 身の丈に合わない気持ちな事は、理解しているけど、どうしても自分を変えたいの。


 ソファーに座り、渡された紙に目を通すと髪に関する質問、悩みなどを記入しないといけないようだ。 

 可愛くなりたい__

 本当は夏海みたいな甘栗色の癖の無い髪にして、垢抜けたい。

 流石に髪色を変えるのは校則違反の中でも、難易度が高いから今の私でする覚悟は無い。そんな事を考えながら質問の紙を埋めていく。


 髪を切るのは一年ぶりで、長さを変えないで耳を隠せる髪型を希望。

 髪の毛の悩みは強烈なウネリで纏めていないと、凄まじい事になる事。

 特に雨の日なんて湿気で爆発する。

 出来たら周りに気付かれないように、髪色を変えたい。

 直接話し掛けられたら、こんなにも自分の気持ちを表現出来ないが、文字なら気が楽だ。


 少し紙を渡す事に恥ずかしさを覚え、戸惑っていると目が合ったお洒落な女性スタッフさんが近付いて来て、人懐っこい子犬のような笑顔を浮かべる。


「紙の記入は終わりましたか?」

「あ、はい!!」


 直ぐに奥の椅子に通され、どんな感じの髪型にしたいか、愛想の良い女性に聞かれる。


「とりあえずは、耳を隠せれば、、、あと、ウネリが酷くて何時も三つ編みしていて、、、」


 そう伝えると、三つ編みを解き髪を見ているようだ。髪をこんなにもじっくり見られたのは初めてで戸惑ってしまう。

 どうしようも無い髪質だと言われたら、どうしようかと焦った瞬間だった。


「こ、これは!」

「髪質駄目ですよ、ね……」

「駄目というか、、、」

「はい!」

「この髪質めちゃくちゃ羨ましいです!!」

「は、い?」

「ストレートも良いですが、この髪なら癖を生かすと凄く素敵になりますよ!!」

「癖を生かす?」

「はい!ウネリが嫌な場合は縮毛矯正などの手も有りますが、この髪なら私は癖を生かします!本当、理想過ぎて……羨ましい」


 そう言った、スタッフの髪型はショートボブ位の長さでくるくるしていて、海外の幼い女の子みたいな雰囲気だ。これが、癖を生かした髪型なのだろうか。


「とりあえず、簡単なセット方法教えますから、一回試してみて駄目なら縮毛矯正も視野に入れてみるのはいかがでしょうか?」

「は、はい!」

「では、耳が隠れるヘアースタイルなのですが色々有るのでどんな感じがよろしいでしょうか?」


 そう言われ、渡されたタブレットを見ると様々な髪型が映し出されている。

 ウルフ風の雰囲気が有る髪型に、姫カット。その中に、髪を後ろで結び後れ毛で耳を隠している柔らかい感じのヘアースタイルに心惹かれた。


「こ、これ、凄い可愛いです!!」

「これなら髪質的にも、色んなアレンジ出来て良いですよ!

あ!前髪はどうします?」

「ま、前髪!?」

「はい!前髪です!」

「ウネリで大変な事になりませんか!?」

「前髪にはそんなに癖は無いですよ。

それに、前髪だけ縮毛矯正なら安く済みます!!」


 ずっと前髪に憧れていたから。

 それに、こんなに親身になってくれる可愛らしいお姉さんにお任せしたくなってしまう。頼りたくなってしまう。


「作ります!似合うように切って下さい!!」


 シャンプーされて、気持ち良くなってしまう。ここのスタッフは皆ニコニコしていて愛想が良いからだろうか。凄く居心地が良い。

 何より親身で、友達のように接してくれるのが凄く嬉しかったりする。

 元の椅子に移動して、髪を切って貰う。

 今迄行ってた美容室より、ひとつひとつの仕草が丁寧に感じるのは気持ちが高ぶっているからだろうか。

 本当に細かく様子を見ながら髪を切って行き、髪を乾かす事になった。


「此処から簡単なセット方法説明していきますね!」

「あ、はい!」

 

 お姉さんはニッコリ微笑むと、説明しながら私の髪を指に巻いてドライヤーで乾かしていく。セットなんて言うから身構えていたのに、手に髪を巻き付け乾燥だけなら私にも出来るんじゃ無いかと期待出来る。

 いい感じに癖毛になった、髪の毛にヘアミルクを付けて器用にセットしていくお姉さん。

 

 出来上がったのは、ユルフワヘアーとでも命名したくなる女の子らしいひとつ結びのヘアスタイル。そんな派手な感じでもなく学校に行くのに合う髪型に思えた。

 後は、髪の毛をヘアースプレーで固めて完成だがめちゃくちゃ可愛らしい。

 何より前髪とサイドヘアーを作ったお陰で丸わかりだった輪郭がビックリする程小さく見える。


「す、凄く可愛いで、す!」

「あ、髪の毛を綺麗に伸ばすには定期的に毛先をカットした方が良いから、他のアレンジにも興味出たらまた来て下さいね!」

「はい!また、来ます!!」


 明日が不安だった。でも、これだけ変われた自分を目の当たりにして、ワクワクしてしまう。私ね、、、

 本当は、何よりも可愛くなりたいの。

 そしたら夏海と堂々と仲良く出来る気がする。お揃いだって、堂々と出来る気がするの。


 夏海は私を可愛いと言ってくれるし、大事に扱ってくれる。それを笑顔で堂々と受け入れる勇気が欲しい__


 ガラスに写った自分は明らかに垢抜けた感じがして、自分の中で諦めていた女の子の気持ちが爆発してしまいそうだ。


「眼鏡……をコンタクトにしたら、もっと可愛くなれるかな?」


 自分が嫌いで、人の視線に怯えていた自分から卒業したい。堂々と、夏海の横に居たいから。私は、自分を変えたいの。

 自分で誇れる何かが欲しいんだ。





 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の華 十枝 日花凛(とえだひかり) @osousama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る