第1話 友達
長く伸ばした真っ黒な髪を櫛で丁寧に梳かし、おさげを編んだ。鏡の中の自分を見て溜息が漏れる。私は、私が嫌い。
分厚い眼鏡に、色素の薄い肌にソバカス。
何処にでも居る冴えない女の子。それが私。そんな冴えない私が、校則通りに制服を身に着けると余計に醜くなっていく。
制服自体は可愛くて有名な高校なのだが、私が着ても意味が無い。
可愛く着こなしたい気持は有るが自分なんかがそんな気持ちになる事はおこがましい。
結局スカートの丈を数センチ短くする勇気も無いまま、家を出て隣の家に向かうと幼馴染の夏海が挨拶をして来た。
「華おはよう!」
「夏海おはよう!」
夏海は私が幼稚園の時に家の隣に引っ越して来た、同じ年のクォーターの女の子。
夏海のサラサラの甘栗色のロングヘアーに憧れて、髪を私も伸ばし始めた。
本当に美しい人間__
こんな、完璧な人間が存在する事に子供心ながらビックリした瞬間を今でも鮮明に覚えている。
夏海とは友達。
友達だけど、彼女は私とは対極的な存在だ。校則通りの私の制服とは真逆で、お洒落に着崩された夏海の制服。
何より彼女は憧れてしまうほど美しく、バッチリした目。口角の上がった唇にスラッとした鼻筋の形の良い鼻は、夏海が神様に愛された証だろう。
性格も真逆で、陽キャと陰キャ。
夏の事は大好きだけど、、、たまに夏海と自分が不釣り合いに感じで苦しくなってしまう。
「夏海の制服、、、着こなし方凄い可愛いね」
「そう?ありがとう!」
夏海は、そんな事は気にしてないだろうが、冴えない私みたいな人間が夏海の横に居る事で悪い事をしている気分になってしまう。私の考え方が駄目なのだが、どうしても自分に自信が無い。だけど、自分の殻を破る勇気も無い。だから、せめて勇気が欲しい。
「うん、夏海って、凄く綺麗……
私も夏海みたいになりたいんだけど、どうしたらなれるかな?」
夏海が私の殻を破る手伝いをしてくれるのでは無いかと心の隅で期待する。
「華は綺麗だよ」
「へっ!?」
「華は誰よりも綺麗__」
夏海は私を哀れんでいるのだろうか。私が綺麗だなんて有り得ない話。
小さい頃はそれなりに褒められていた記憶が有るが、小学高学年になると外見を褒めてくれるのは夏海と両親くらいになってしまった。それだけならまだ良い。
その他大勢の人間は私の容姿を馬鹿にしてくる。刃物のような言葉に傷付けられて心が悲鳴を上げる。
もう、傷付きたく無いんだよ__
だから、私、変わりたい__
「私、綺麗じゃ無いから夏海みたいになりたいの……」
「私なんかより華は可愛いよ!ねっ?」
「そんな事有る訳」
無い__
そう叫ぼうとした瞬間、夏海が私の手を引き歩き始めた。そうだ。今日は高校の入学式なのだから、遅刻する訳には行かない。
今は夏海が横に居てくれる事に安堵して、高校に向かおう。私、一人じゃ心細いけど、夏海は一緒の高校を選んでくれた。
夏海は勉強もスポーツも万能に出来て、もっと偏差値の高い高校を進められたのにも関わらず、『華と一緒に居たい』という理由だけで私に合わせてくれたんだ。
夏海の未来の足枷になっているような、後ろめたさは感じるが、私が心を許せる人間は夏海だけだから、安心の気持の方が大きい。
『ごめん、ね……』
『分かればいいよ!華は可愛いってね!
それより、見て!!』
夏海がそう言った瞬間に私の瞳に映ったのは、桜色の花弁が宙を舞う光景。桜の並木道。そこを、二人手を結び歩くと高校の建物が見えて来た。新しい学校生活の始まり。
この、新たな始まりをきっかけに私は変わりたい。今迄、友達と呼べる友人は夏海だけだったけど、これを期にもう少しだけ仲良い人を増やす事が出来たら嬉しい。
学校に足を踏み入れ、クラス分けの紙が貼られている掲示板に向かう。さっき迄、友達を作ろうと意気込んでいたが、今の私の頭の中は夏海と同じクラスになれますよう……にと繰り返し願っている。ただ、クラスはよクラスも有る為に、夏海と同じになれる可能性は低そうだ。
離れ離れになってしまう事に不安を感じながら、A組の名前に目を通していく。
幸いな事にどちらの名前も無く、ホッとする。まだ、夏海と同じクラスになれる可能性が有る事に救いを感じながら、B組の名簿に視線を移した。
皐月原 小道
たまたま最初に視界に入った名前。
それは、良く知ってる女の子の名前で、自分がB組に名前が無い事を心から願う。
私は心底小道が苦手だ。
小道も明らかに明るい人種で、中学生の頃は夏海と同じバレーボール部に所属していた。
理由は分からないが私は小道に嫌われている。多分、私の暗い性格が嫌いなんだとは思うが、明らかに嫌われて居るのを理解するのは凄く苦しい。
小道は、夏海が居る時は何もして来ない。
ただ、鋭い目付きで私を睨むくらいだが、夏海が居ない場合、悪口を投げ付けて来る。
明らかに私の方を見て、「ブス」「気持ち悪い」「陰湿」などの言葉で心を抉る。ただの、悪口だけど傷付きたく無いから小道と同じクラスにはなりたくない__
そう、願ったのにB組の紙には私の名前が書かれている。終わった……
この世が終わったかのような絶望を感じて地獄に落とされた気分になりながらも、真っ暗闇の中に一筋の光を探す。光は夏海の名前。最悪な状況でも、夏海が居たら頑張れる気がしたんだ__
「華!B組一緒!!」
夏海の声がして、安堵の溜息を漏らしながら一緒のクラスで有る事を確認出来た。
小道と同じクラス。その事実に不安感を感じたが不幸中の幸いで、夏海が居るから頑張る事に決めた。
震える手で夏海の手を握り、夏海の顔を覗き込むと笑顔を返してくれた。
大丈夫__
そう言われた気がして、沈んでいたはずの心が軽くなる。
勿論、夏海は小道が私に嫌な言葉を投げて来た事が有る事など知りもしない。私だって、友人に知られたく無い事くらい有る。
自分がイジメを受けているだなんて、嫌な現実は口にもしたく無かった。
この時の私にとって夏海はお守りのような存在だったの。そこに居てくれるだけで安心出来る存在。
完全に不安を拭える事は無く、重いおもりの付いた足枷が足首に纏わり付いている気分になりながらB組に向かう。
頭の片隅で、小道に何か言われる事に怯えながら学校での時間を過ごしたが、小道からは睨まれたくらいで半日が過ぎた。
大丈夫。
半日で、学校は終わり桜が咲き乱れた並木道を歩いて家に帰っていると強い風が吹いて髪が乱れた夏海が視界に入る。
髪の毛が乱れているのにも関わらず、完璧な美しさをキープした状態の夏海から目が離せないでいると、視線が合わさった。
「ちょっと!華!見すぎ!!
髪の毛凄い事になってるんだから、見ないでよね!!」
悪戯に笑う夏海。
夏海は、意味無く言った言葉だろうが、私は夏海に見惚れている自分が恥ずかしくなり、視線を少し逸らす。
「あ、れ……」
視線の先は、夏海の耳たぶでそこにキラリと光っていたのは、深蒼色のピアス。
正直、ピアスに憧れが有ったし、何より凄く綺麗な色で惹き込まれてしまう。
「ピアス、凄い綺麗……」
夏海もこのピアスがお気に入りだったのか嬉しそうに目を細め、口角を持ち上げた。
そして、夏海の形の良い桜色の唇から漏れた言葉は意外な言葉。
「綺麗でしよ?華もピアス開ける?」
「え……」
夏海は私に対して今まで保護者のような対応をして来た。例えば、私が夏海の着崩した制服に憧れ同じようにしたいと言えば、華はそんな事しなくて良いと__
華はそんな事をしなくても可愛い__
と、言ってくる。
その台詞が夏海の真似をしたがる私を拒否しているかの様に思った事も有るから、ピアスを真似して良いと言われた感じがして凄く嬉しい。
「あ!ピアスって、ニ個セットなんだけど私は片方にしか付けないから、残りの一個を華が付けてくれたら嬉しいななんて思っちゃったの!嫌かな?」
「嫌じゃない!!て、私なんかとお揃いで良いの!?」
「華とお揃いにしたいの!!」
「嬉し、い……」
「あ、でも……」
「どうしたの?」
「華……」
なんだか、迷った表情の夏海を見て不安に煽られてしまう。ここ迄言ったものの私とのお揃いが嫌になってしまったのだろうか。
それとも、私とお揃いなんて恥ずかしい?
「華!」
「やっぱり、止めとく?」
「だよね、そうした方が良いかも。だって、ピアスって耳に穴開けるんだよー?」
「へっ!?穴開ける事くらい知ってる、よ」
夏海の口から出た思いもよらない言葉に、思考回路がフリーズした。
「そうなの?耳たぶに穴開けるの怖くない!?」
母親のように私を心配する夏海の目を見ていると、笑みが漏れてしまう。
「全然恐くない、よ!針を刺すだけだよね?」
そんな事より、恐い事は沢山ある。
例えば、私には夏海しか友達が居ないから、夏海が私から離れてしまったらと考えたら怖くて堪らない。
それに、小道に悪口を言われたら自分が惨めで堪らなくなるから、小道に近付くのは怖い。こんな悩みなんて、些細な物かも知れないが、今の私にとっては何よりも恐怖を感じてしまう。
「そうなの!?じゃあ、家でピアス開けよう!!」
夏海が嬉しそうに笑う。
なんだ、夏海は私を友達と思ってくれていたんだ。そうじゃないと、お揃いなんてしないよね。ずっと不安感を感じていた。
だって、何もかもが完璧な夏海と私とじゃ釣り合いが取れないから。
幼馴染だから、仕方なく友達ごっこをして貰っているだけなんじゃ無いかとずっと不安だった。
「あ!その前に雑貨屋寄っても大丈夫かな?」
「勿論!!」
夏海が私を受け入れてくれた気分で、心が日向ぼっこをしているように優しく暖まっていく。ずっと心の何処かで、孤独を感じていたが、それすら今は無視出来てしまう。
「夏海っ!」
「どうしたの?」
「ずっと、友達で居てね」
その言葉に夏海は返事を返す事は無かった。ただ、私の手をギュッと握り締めてくれた。無言だけど、『当たり前でしよ!』って言われた気がして嬉しくなってしまう。
ありがとう__
デパートに入ると、中に入っている小さな雑貨屋に向かう。そこで、夏海が手にしたのはピアッサー。もしかして、私のピアスを開ける為のピアッサー。そう思うと、居ても立ってもいられない。
「私もピアッサー買う!」
「あ、ピアッサーは私が買うから大丈夫!」
「自分で買わせて……」
「これは、華の入学祝いなの!」
そんなの、おかしい。だって。
「入学祝いなら、夏海も同じじゃない!」
「あー!華って、頑固!!」
「が、頑固!?」
「そうだよ!私が、プレゼントしたいだけなんだから貰ってくれたら良いんだよ!」
当たり前のようにそう言い放つ夏海を見て、頑固なのはお互い様だと笑いそうになってしまう。
「プレゼントは貰うけど」
「けど?」
「私にも夏海にプレゼントさせて!
欲しいのとか有れば買うよ!!」
きっと、私のプレゼントは拒否する。そう思っていたらコーナを移動した夏海。
その手に取ったのは、一番安いシンプルな謎のデザインのキーホルダーを二つ。
「ピアスお揃いついでに、これもお揃いにしたいな……」
顔を赤らめそう口にする。
なんだ、私も夏海もお互い遠慮していただけで、友達だと思っていた。
そう、考えた瞬間胸がジンワリと温まる。
「じゃあ、それ私が買うね!
でも、他にも可愛いの有るよ!?」
そう言って私が手にしたのはくまのキャラクターのキーホルダー。でも、夏海はそれを嫌そうな目で見ている。
そうだった。夏海が値段の安い物を選んだと思っていたが、昔からシンプルなデザインが好きだっけ。
「私、こっちがいいな。でも、華が気に入ったキーホルダーなら何でも良いよ!
お揃いだったら、なんでも嬉しいから大丈夫!!」
そう言われ、シンプルなキーホルダーを持ってレジに向かう。もう中身はバレバレ。なのに、初めてのお揃いが嬉しくて、綺麗にラッピングして貰う私。
ちょっと、変だとは思うがそんな私に何も言わずに見守る夏海。面倒な私の性格を受け入れてくれる所が凄く楽。
なんだか、この友情が永久に続く気がして嬉しかったんだ。
「ずっと、友達で居て、ね」
そう口にすると、無言のまま手をギュッと握り締める、夏海。その手は深海のようにヒンヤリして、緊張で生暖かくなった私の手の平の熱を少しづつ下げてくれる。
「華は友達だよ。私の一番の友達__」
だから、私の側から離れないでよね。ねえ、きっと、お互いが同じ事思っているよね。そうだと嬉しい。
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