第3章 「輪郭融解」
「ロゼアちゃん、だいぶ歩いてるけど疲れてない?」
「大丈夫...それにしても遠すぎない?」
レミロットがいなくなってから、私はひたすら家に帰るために歩いていた。
この海岸線を進めば私たちの家に帰れるはずなのだが、一向にその先は真っ白なままだった。
「ロゼアちゃん、もしかしたら自分と輪郭を交換したら疲れが軽減するかもよ?自分はまだまだ疲れてないから大丈夫!」
「で、でも...カローナ姉さんにはもう苦労させたくないし...」
レミロットは言った。
カローナ姉さんは死んでしまったって。
けど、カローナ姉さんは確かに私の中にいる。
もう消えてしまったはずなのに...だからこれ以上苦しい思いなんて...。
「もうロゼアちゃん、自分がお姉ちゃんだから甘えていいの...こうやってロゼアちゃんに戻れたのもきっと理由があるの。本来はこのまま消えちゃったはず...でも、ロゼアちゃんは自分のことを本当に好きでいてくれた。いなくならないでって...だから遠慮しなくていいの」
「でも...私のせいで...私の...」
「...確かにロゼアちゃんは逃げなかった。あの時、自分の逃げてって言葉にロゼアちゃんは理解することができなかった。でも、わかってる。この白い世界に逃げるなんてしても、ずっと真っ白なままだよね。だからね...もっと知ろうとしてくれて嬉しいの。真っ白でも、空っぽでも知ろうとしてくれているのが何よりも嬉しいわ」
「違う。私は...ずっとわからないって...全部わからないって...」
「それでいいの。だってさ、全部わかってたら楽しくないよ?答えがないから見つけようとする。でも、その答えを探すのって一人になっちゃって孤独になってしまうの。自分もそう...本を読んでる時はね、ずっと一人ぼっちだった。けど...いつもロゼアちゃんがお部屋に来て喋りかけてくれる時、自分はここにいるってまた認識することができた。へへ...ちょっとおかしいよね...」
「おかしくない。ただ、カローナ姉さんは優しすぎるよ...もう、カローナ姉さんの姿を見て喋れないのかな...」
胸がひどく傷んだ。
ああ、もう...今カローナ姉さんと喋ってるだけでいいのに...それなのに会いたいと思っている私がいた。
「も、もう...自分だってロゼアちゃんのこといっぱい触れてたいの...。けどね、きっとこれが...現実の死というもどかしさなのかな...?」
その言葉にひどく私は怯えてしまっていた。
死んでしまったという言葉に、どうしても冷たい温度を感じてしまうから。
「だめ...死んだなんて言わないで...まだ、カローナ姉さんはいるんだから。私が絶対に忘れない。私が死なせたりなんてさせないから」
「ロゼアちゃん...」
足元はいつの間にか白の砂浜になっていて、歩くたびにしゃりしゃりと静かな音を立てていた。おそらく10km以上が歩いてる感覚はあった。
しかし、一向に変わらない白い海と白い砂浜に私は少し不安を抱いてしまう。
「これ...本当に帰れるのかな?」
「きっと帰れるわ。それに、ロゼアちゃんも疲れてるでしょ?ちょっと自分に交代してもらっていい? ちょっとこの辺りが気になるの」
「う、うん」
確かにカローナ姉さんには大変な思いをさせたくない。
だけど、この優しさと頼れる存在なのは変わらない事実であった。
それに...私よりカローナ姉さんの方がいいもの...。
その後、私の輪郭はスッと消えて、カローナ姉さんの姿へと変わった。
意識がカローナ姉さんへと変わったのも微かに感じる。
「ふふ、やっぱり自分の意思で歩けるっていいねー。あ、別にロゼアちゃんに文句言ったわけじゃないの!」
「わ、わかってるよ」
なんだか前よりカローナ姉さんが私のことを心配するようになっている。
無理もない...私の実態...?を借りてるらしいから、少しでも仲に傷が入るのが怖いのかもしれない。
カローナ姉さんの視線が、前や下の砂浜へと交互する。
やっぱり...人それぞれで視線の動きって違うんだなと改めて感じてしまう。
でも、あれ...なんだか胸らへんも私とだいぶ違うような...。
「...カローナ姉さんの胸...なんだか違う...」
「え...な、なに急にロゼアちゃん!?」
「いや...ちょっと思ったことを...」
その丸い輪郭が視界の下の方に度々映る。
「いや、気になるの!どこかおかしい...?」
「なんか...胸の面積で下の視界が若干狭いような」
「え...!!も、もう...ロゼアちゃん...それ今言うこと...?」
なんだか耳が熱くなったのが伝わる。
「うう、女の子同士でも...恥ずかしいものは恥ずかしいんだからね...」
なんだかこういうカローナ姉さんって珍しいかも。
「えっと...ごめん?...でも、視界に入って気にならないのかなって」
「そ、それより、この辺りは結構お散歩していたから帰るルートがわかる気がするの」
私の疑問はそのままスルーされてしまう。
何か気に障ったのかな...。
しばらくの間、カローナ姉さんは辺りの砂浜を歩いていた。
サクサクと軽やかに歩く足元に私は思い出す。
カローナ姉さんってずっとふわふわと歩いていたなって。
ちょっと私もそれを思い出してくすりと笑ってしまう。
「うーん、ここら辺だったら...おそらく灯台があるはずなんだけど...」
「灯台なんてあったの?」
「うん、この白い海の海岸沿いをずっと向こうに灯台があったはず」
そういえば、カローナ姉さんはよくこの海辺を歩いていた。
波の音がすごく好きだって言ってたな。
「うーん、おそらくだいぶ先に飛ばされた感じがあるかなー。ほら、あの堤防が見える?」
カローナ姉さんの視点を通して、ずっと向こうに小さな堤防が見えたのを確認する。
こんなところに堤防なんてあったの?
「おそらくあの堤防を超えて、もうちょっと歩いたら見えるはずなんだけど...やっぱりずっと先は白い霧で見えないよね...」
すると、遠くの離れた砂浜に何か光っているものが見えた。
あの光って...もしかして...。
「あれってスピアちゃんが帰ってくる扉じゃない? すごい偶然!でも、ちょっと離れてるし気づいてくれるかな...」
「いや、スピア姉様はすぐ気づいてくれるよ。だって、私の場所は絶対わかるっていつも帰ってきては、私に飛び込んでくるもの」
スピア姉様は私の座標みたいなものがわかるって前に言っていた。
それを手がかりにいつもこの世界に戻ってくるんだって。
でも...あれ...? いつも私の本当に近くで急に扉が現れて帰ってくるのにな...
「やっぱりスピアちゃんもロゼアちゃんのこと大好きだもんね。この世界に戻ってきたら、真っ先にロゼアちゃんに会いたいって思うのもわかるもの!」
「でも...今、カローナ姉さんの姿だから...座標がわからないかも...」
「た、確かに。え、じゃあすぐ変わるね!...って、あれ...?」
あれ...変わらない?
すぐに、私はその少しの違和感に気づいてしまう。
「待って...ちょっと意識が...私の意識が...薄まってるかも...」
確実にさっきより...なんだかカローナ姉さんの意識と...あれ...?
「え...ロ、ロゼアちゃん?さっきすぐに変われたのに...」
「...わ、私は...えっと...ロ、ロゼア...?あ、あれ...カローナじゃなかった?」
「違う違う!ロゼアちゃんはロゼアちゃんだよ!」
私...私は...?
私を私を認識する方法...あれ...それって...。
だって...私は何も知らない。無垢の存在...だから。
「違う...私は...自分はあんな空っぽな自分じゃない...」
「え...ロゼアちゃん?」
「...」
「ロゼア...ちゃん?」
...消えちゃった?
あれ...ロゼアちゃん...?
「ま、待ってよ! ロゼアちゃん!今すぐ変わるから!自分はもうこの世界から消えてるの!違う...ロゼアちゃんが本当はこの世界にまだ存在していて...あれ、ロゼアちゃん...?」
すると、自分はなんだか急に冷静になる。
あれ...どうしてこんな砂浜にいるんだろう。
それに...。
「ロゼアちゃんって誰のこと?」
「ただいまー!やっぱ色のない世界はいつ帰っても新鮮だなー...って...あれ?」
うちは眩い光と共に、現実からこの白い世界と帰ってきた。
しかし、目の前にロゼっちがいるつもりで帰ったが姿がない。
「あ...あっれー...? ロゼっちの座標に向かって帰ってきたのに周りに...なぜかロゼっちの姿がない...」
うちをいつも出迎えてくれる、あの純粋無垢で可愛い可愛いロゼっちは...あれ...ちゃんと座標に向かって帰ってきたよね?
「てか、ここの海岸ってだいぶマイホームから離れてるじゃん!ここから歩いて帰るのー?」
それにしても違和感。
本当に座標がズレったてこと?
「...うーん、こんなこと初めてだな...」
悪い予感しかない。
そして、ポケットから真っ白なスマホを取り出す。
とりあえず、今のわかる範囲で情報を書き出す。
・ロゼっちがいない
・この世界の透明度が少し下がった気がする
・もしかしたら黒の影が入ってきたかもしれない
そして、最悪のケースを一つだけ書き出す。
・姉妹の誰かが現実に飲み込まれた
その場合...この空気の透明感にも納得がいく。
明らかに白い空気が現実味を帯びている。
なぜ最悪なのか。
それは、ロゼっちというオリジナルが消えてしまう可能性があるから。
消えた意識はロゼっちに統合されていく。
それは現実へと帰る一歩でもあるし、自己の歪みの始まりでもある...。
けど...それが起きてるってことは...ロゼっちは自分を探し始めてるってこと?
ダ、ダメだ...考えてもキリがない...。
ただ、うちがいない間に何かこの世界で大きな変化があった。
それだけはわかる。
とりあえず周りを見渡す。
やはりロゼっちの姿はない。
改めてスマホを確認する。
もし近くに姉妹がいれば、もしかしたら反応があるかもしれない。
ロゼっちは正確にわかるんだけど...他の姉妹だと引っ掛かることすら稀である。
しばらく画面を見つめてみる。あれ...微かに反応がある。
これは...カロ姉?
うちはすぐさま走り出す。
この真っ白な砂浜に少し足を取られながらも、カロ姉の方向へと向かう。
少し白い霧が濃い。
...ああ、この「白い霧」はどうにもうちは苦手なのよね。
これは現実のロゼっちの影響かもしれない。
「...ちゃんって明るいのに時々暗い時あるよねー」
霧の中に入ると、どこからもなく声が聞こえる。
まずい...現実が滲み始めている...。
これは現実に干渉できる、うちにしか聞こえてこない声だ。
「てかさ...あんた、みんなに変に優しいのがきもいって気づかない?あのさ、その優しさが迷惑だって気づかないわけ?」
ああ、ダメ。
ロゼっち...どこに行ったの?
「あ、スピちゃん! そんなに焦ってどうしたの?」
思わずカロ姉を横切っていた。
うちはすぐさまに視線を方向をカロ姉に向ける。
「...はぁはぁ...ねえ、ロゼっち知らない? おかしいの、このあたりにいるはずなんだけどさ...」
「...ロゼっち...? 誰のこと...?」
その言葉にズシンと重い衝撃を受ける。
嘘でしょ...カロ姉がロゼっちのこと...。
「待って。変な冗談はやめてよ...。ねえ、あんなに大好きだったロゼアのことだよ?忘れたなんて...」
「だから...自分たちって七姉妹じゃない? ロゼアなんて子は...いないはずよ?」
「...! カロ姉! ダメ...そんな悲しいこと....絶対言っちゃダメ!」
「何を言ってるのかしら...」
...やめて。
そんな優しい顔で...。
そんなこと言わないでよ。
「ねえ...お願い教えて。ロゼっちは...どこに行ったの...?」
「だから...知らないよその子のこと...」
「ほら、髪が長くて、前髪もちょっと長くて...華奢ですごい繊細な目をしていて...それにとっても素直で可愛いロゼっちのことだよ!」
「...うーん、ごめんね...スピちゃんの言ってる子...全然検討がつかないの」
思わず手が出そうになる。
落ち着け...うち。
「だーかーらぁ!! ねぇ...まさか、忘れたなんて言うつもりなの!?」
「ど、どうしてスピちゃんが怒ってるの?わ、わからないって言ってるじゃない!」
...ダメだ。
この顔...本当に何も知らないって表情をしている。
「わかった...とりあえずカロ姉は知らないってわけね」
「う...うん...」
ああ、どういうことなの。
けど...薄々感じてる。
きっとカロ姉は、現実に飲み込まれてしまった存在だ。
だって...この優しいのにどこか淡々と話す感じ...。
まさしく現実に生きる...ロゼっちそのものじゃない...。
それなのに...肝心のロゼっちがこっちにはいないなんて。
でも悩んでてもしょうがない。
もしかしたら、ロゼっちを忘れたのはカロ姉だけかもしれない。
だとしたら...まず、家にすぐにでも帰らなきゃ。
「じゃあ、ほら一緒に帰るよ! 今すぐに! ロゼっちのことを絶対思い出させてあげるから!」
うちはカロ姉の腕を引っ張っては、この白い砂浜を走り抜ける。
どこまでも続く白い風景の中で、ただ前へと進んでいく。
「え...自分そんなに体力ないよぉ...もっと遅く走ってよ、スピちゃんー!」
その声に反応するかのように、うちはさらにスピードをあげてしまう。
この優しさに溢れたカロ姉の存在が一番危ないことはわかっていた。
きっとロゼっちは...カロ姉に憧れていた。
そしてその憧れは...いずれ自己否定につながる。
私がいなくても...私がいなくてもいいって。
カローナ姉さんの優しさだけがあればいいって。
きっとそう思ったんだと思う。
うちはロゼっちの考えることは大体わかる。
わかるよ。
うちだって思っちゃうよ。
うちなんて明るいだけが取り柄だもん。
それと同じだよねロゼっち。
でもさ...。ロゼっちが一番すごいのはね。
何もないことに疑問を持てることなんだよ。
何もないって怖いはずなの。
だって...消えてしまったら忘れられちゃう気がするから。
でもさ...
こんなにもロゼっちを覚えておきたいって思うのはね。
君がいなかったら、うちだって生まれてなかったから。
そうなの。だって...ロゼっちは...。
一番大好きで...一番大切な...。
この世界の本当の『うち』なんだから...。
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