第3話『感謝の気持ち』

 女性は、まるで奇跡でも起こったかのようにスマホを両手で包み込み、そっと胸元に抱きしめた。そして、何かを決意したように顔を上げ、きっぱりとした口調で言った。


「あの、お礼なんですが!!」


 お礼、か。想定内の反応だった。でも、特に何かを期待していたわけではない。おれは首を傾げ、軽く笑って答えた。


「え?いらないよ!そんなの(笑)。」


 本当に必要ないと思ったから、自然とそう口から出た。たまたまそこにいて、たまたまキャッチできただけだ。もちろん、女性が大事にしているものが無事だったのは良かったと思うが、それ以上でもそれ以下でもない。


「スマホはみんな大事だからさ。気をつけなよ!」


 そう言って、彼女に注意を促す。次はもっと気をつけろよ、という気持ちが込められていた。それで終わり。それで十分だと思った。


 しかし、女性は頑として引き下がらない。先ほどまでの慌てた様子とは打って変わって、真剣な表情でまっすぐにおれを見つめた。


「そういうわけにはいきません!」


 意志の強さを感じる声だった。彼女の瞳の奥には、律儀さ、あるいは感謝の気持ちをきちんと形にしたいという、純粋な思いが宿っているようだった。


「何か、お礼を……」


 その言葉は、まるで「どうしても」と強く訴えかけてくるようだった。少し困ったな、と内心で思う。本当にいらないんだけどな、と。だが、彼女の真剣な眼差しを前に、適当にあしらうのも気が引けた。

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