第2話『スマホは大事!!』

 女性は息を切らしながら、小走りでこちらへ駆け寄ってきた。細身の体に似合わず、その足取りはかなり速い。目の前で立ち止まると、額に薄っすらと汗をかき、肩で息をしている。


「はぁ、はぁ……あの、本当にありがとうございます!まさか、キャッチしてくださるなんて……!」


 心底安心したような顔で、深々と頭を下げた。おれは特に何も言わず、差し出された視線を受け止める。女性は顔を上げると、少し戸惑ったように視線を泳がせ、それから慌てて状況を説明し始めた。


「あの、私、歩道橋に寄りかかってスマホをいじっていたら、なんか後ろから、ちょっとぶつかったんです!そうしたら、スマホが手から滑って、そのまま落ちて……慌てて叫んでいたんです!」


 身振り手振りを交えながら、矢継ぎ早に説明する。その必死な様子に、少しだけ笑みがこみ上げた。彼女の言う通り、ぶつかられたのが原因なら、不可抗力というわけか。


「もう、ほんとに、生命の次に大事!いや、生命より!……いや、生命のほうが大事(笑)。でも、スマホはやっぱ大事(笑)!」


 コロコロと表情を変え、本音と建前を行ったり来たりする彼女の言葉に、思わず吹き出しそうになる。現代人らしい切実な感情が、そこに詰まっているようだった。


 おれは「ああ、そう?」と軽く相槌を打ちながら、特に感慨もなく、手にしていたスマホを女性の掌に、適当にポンと返した。


「ほら。」


 受け取った女性は、まじまじとスマホを眺め、傷一つないことを確認すると、まるで宝物でも見つけたかのように、ほっと安堵の息を漏らした。それから、改めておれに視線を向けた。その目は、感謝と、少しばかりの好奇心を含んでいるように見えた。

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