優柔不断な男が陥った、計算され尽くした地獄。

志乃原七海

第1話『あぶない!!』

 新宿大ガード下の交差点。信号が青に変わり、人の波が動き出す。おれは、そんな喧騒に背を向け、ただひたすらにスマホの画面に集中していた。最新のニュース記事をスクロールしながら、ゆっくりと横断歩道を渡る。


 その時だった。突如、けたたましい女性の悲鳴が、周囲の音をかき消すように響き渡った。



「きゃー!!」


 なんだ!?どこだ!?反射的に顔を上げるが、視線はどこか宙を泳ぎ、定まらない。次の瞬間、はっと頭上の『歩道橋』の存在を意識した。見上げた先に、人影がいくつか見える。


「うわっ、上だ!」


 見上げる視界に、黒い塊が急降下してくるのが見えた。一瞬でそれがスマホだと認識する。鈍い光を反射しながら、ピンポイントでおれの頭上めがけて、まるで狙われたかのように落ちてくる。避けるか?いや、間に合わない。とっさの判断だった。


 被っていたネイビーのスポーツキャップを、慌てて逆さまにひっくり返す。そのまま、野球のフライを捕るように、落ちてくるスマホをその裏側で、見事にキャッチした。


「ふう、あぶねー(笑)。」


 弾む息を整え、手に収まったスマホを確認する。傷一つない。我ながら、とっさの判断にしてはナイスキャッチだった、と少しばかり自画自賛する。


 と、同時に、上から声が降ってきた。


「あ、あの!ありがとうございますっ!!」


 若い女性の声だ。焦りと安堵が綯い交ぜになった、上擦った声。見上げると、歩道橋の手すりから身を乗り出すようにして、こちらを見下ろす女性の姿が見えた。顔は逆光でよく見えないが、相当に慌てている様子が伝わってくる。


「助かります!本当に助かります!すぐに降りますっ!」


「ああ、いいけど、さ。」


 おれは手に持ったスマホを女性に見せ、無事であることを示す。しかし、ここは信号の途中の、横断歩道のど真ん中だ。後続の人波に押され、すでに邪魔になりつつある。車の往来も途切れない。


「歩道の真ん中だからさ、反対側で待ってるよ!」


 そう言い残し、おれはそのまま横断歩道を渡り切った。渡った先の歩道で、ぼんやりと空を見上げる。今、何が起こった?そんなことを考える間もなく、女性が駆け下りてくる足音が聞こえた。

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