世界に捕食される魔法少女

玄花

第1話 始まりと鍵連続盗難事件

 魔法少女──それを聞いて多くの人は何を想起するだろう。少なくとも私はその存在を否定する。だってこの世界において、その存在は紛れもなく虚構そのものであるのだから。


 この世界は、認識とその外の領域で構成される。そして、私たちが生きる空間は認識の中という極小の世界の中、そこだけ。限られた世界、認識の中の意識下。文字通りの小さな世界。


 意識は認識に強い影響を与える。紛れもなく、非存在と意識下で断定するものを認識しようと思うこともないその状況は……その存在を顕現させる間すらも無く。


 つまり、言うなれば。


 一言で言うなれば、その虚構と取れる存在は世界に、

「捕食されている」


「どした、急に」

 場所は電気街の一角に佇む一件の喫茶店。テレビに映るカマキリがクモに食べられる光景を見て私はポツリとそう言った。それも隣に座る躑躅森ツツジモリ髑髏ドクロに真顔で突っ込まれてしまうくらいに唐突に。


 彼女は名前こそ度肝を抜く様なものだが、実際こうして関わっていれば想像を絶するほどに私よりも人間らしい少女である。腰まで伸びた黒髪に、紫色の光が微かに灯る黒の瞳。


 折角出来たばかりの友人にヤバい人物認定されるのだけは避けたいが為に、私はどうにか取り繕う。

「ところでドクちゃん。今日私を呼んだ理由を教えてくれたり?」

 私は確かに呼び出されたのだ。


「あ! そうだね!」

 彼女は両手を叩いて一つ言う。


「最近あった噂なんだけど……」

 そして、神妙な面持ちで彼女は話し始める。


 最近の鍵の連続盗難事件の犯人……分かったかもしれない。


 そんな始まりであった。


 鍵連続盗難事件、家の鍵からロッカーの南京錠、自転車の鍵、その他よく分からないおもちゃの鍵。ありとあらゆる鍵が私たちの通う学校で盗まれているという話だ。


 話を聞くに、その犯人というものは学校から少し離れた電気街……。そこのアパートに棲まう、とある人物であるらしい。つまり、今私達がいるこの喫茶店の近くにその人物が居る可能性が高い、という事である。


 それはそうとそんな事をそこら辺にいる暇人女子高生に言ってどうなるのか、そんな野暮なツッコミはせずに私は普通に返事をする。


「それで……やはり何故にわたし?」


 心当たりが無いわけではなくとも、普段人との接触が多い方ではない私にそんな相談を持ち掛ける理由が分からない。


「最近学校で流行りのジンクス。紗夢さゆめちゃんに不思議な相談事をするとどうにかなるっていうやつ」


 何……だと。


 私はどうやら知らない内に都市伝説に組み込まれていたらしい。


「ど、どした……?」

 彼女はまた固まった私の顔を見て心配そうな顔をする。


「まあ自分が知らない間にそんな都市伝説的存在になってたら驚くよね〜。あはは……」

 流れるように心でも読んだような彼女は、そう言って手元の紅茶を飲む。


「まあね……」

 驚きでしかないよ。この教室の端の端がお似合いの人間……もとい人間の恥の恥みたいなこの、私に。相談をする事が流行っているだなんて。


「あと話しやすいからね」

 うお、おお、うお……陽なる者の威光だ。私という存在との圧倒的なレベルの違いを感じてしまう。そんな人に話しやすいだなんて言われてしまうとは。


「あり、あり有難き幸せ恐悦至極奉り候(早口)」

「面白いね」

 笑顔、光が強い。後光が差している。ああ、コーヒーが苦い。


 このまま見ていれば目潰し必至の状況。私はそうして窓の外をゆっくり眺める。


 私と同じ様に窓を見ていた男の人が階段の方に直ぐに目をやる。


 私も同じ様に目をやる。


 ……何も来ない。とまあ、そんな風に人間観察を遠くからしている私からしてみれば、普通の相談くらいなら想像の範疇でどうにかなる。


 なっていたのか?


 確かに最近謎の相談が多いとは思っていたが、まさか噂にまでなっていたとは。


「よき相談相手になれたのなら何よりだよ」


「うん! ありがとね!」


 そうして、その後数時間の雑談。


 私は彼女を近くの駅で見送り、そのまま駅から離れる。彼女はこれから、また同じクラスの子と遊びに行くらしい。



 そして、周辺でたまたまコラボをしていた推しキャラのグッズを買い漁り……店から出ようとしたところの事である。


 道路に大量の鍵が詰められた瓶を持った青髪の少年が走っていた。何かから追われる様に、時々後ろを見返して。

「え……もしかして、アレ?」


 そこには思わず声に出てしまうほどにそれらしい人物がいた。現実である事を疑いたくなってしまうくらい完璧に。私は思わずその少年を追いかけていた。


「うわー!!! なんで俺が追いかけられてんだよ!! 国王の馬鹿は何やってんだよもう!!!」

 まあ……別にストーカー行為というよりも友達の鍵が盗まれてるんだし。仕方が無いよね。


 少年は国王がなんだとか喚きながらひたすらに走っている。しかも普通に速い。


「なんか……逃したくない!」

 よく分からないスイッチが入ってしまった私はそんな彼の事を追いかける。


「ええ───!?」

 全力疾走を始めた私に、彼はまた声をあげて路地裏へ。私はそれをやはり無言で追いかけて──向かい合うような構図に。


「……ここまで追い込まれちゃ仕方がねえ」

 少年は、ニヤリと口角を上げてからこう言った。

幽星の離脱者アストラル・エクス

 少年の体は見事に倒れ、気を失ったような状態になる。


「え……? は? いや、え?」

 というかむしろ死んでいる様にも見えてしまう。死人の様な姿の少年を前に隠せない驚きで私は周囲を見渡す。……誰もいない。


 そうやって思わず安堵していると、背後から生暖かい息のようなものを感じる……。


「さて、夢黎クラリ……変身の時間だ──」


 何処からから聞こえた、唸るようなしわがれた声。


 私はそれに小さく頷いて──

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