七枚目 蝶


私の目の前を、蝶が横切る。


灰色の蝶だった。

然して綺麗でもない、心が動かされる程の美しさの無い蝶であった。

きっと、気になって名前を知ろうともしないその程度の虫。

ひらひらと、ふらふらと目の前を通る。


私は信号でも待つかのように、律儀にも立ち止まり蝶を眺めていた。

私は虫が好きではない。

だが、尊敬していた。

蛾や、蝶といったかつての姿を塗り潰し、変態していく虫を私は尊ぶ。

醜い芋虫から、蛹となり、中身を溶かして混ぜ合わせて、美しい羽を得る。

自己を嫌悪して仕方がない者が、自分の中に、まだ、かけがえのないものがあるのではないかと必死になった成功例。

ろくでなしの逆転劇が眩しかった。


私は羨ましい。

見つけ出せた事が羨ましい。

探し出せた事が妬ましい。

羽ばたいて私を置いていく背中に、翅に、私はただただ嫉妬する。


私は人として十年余りを生きて来たが、未だに怠惰に幼虫であった。

芋のようにずんぐりむっくりした、造形の悪い虫であった。


私はずっと探している。

爪が、牙が、鱗が、触覚が、蹄が、角が、髭が、尻尾が、立て髪が、翼が、羽が、流れる血の中に眠っているのではないかと。

 

空がいいな。

夜の空が望ましい。

月の光に照らされて、宝石のように極彩色の翼を煌めかせる。

パラパラと鱗粉を輝かせる。

頼りなく、されど美しく夜を泳いでいたかった。


気づけば灰の蝶はいなくなってしまった。

やることのあった私は時間を無駄にしない為に歩き出す。

非現実へとぼやけたピントを徐々に合わせる。

詰まりなくつまらなくなるばかりの人生を直視する。


早く夢から浮き上がりたい。

人の生の悪夢から逃れたい。


私は蝶になりたかった。


美しい生き物になりたかったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

捨てきれなかった紙片 都月とか @seasonal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ